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第18話

 ノワールの言葉が気になった俺とテラは、急いで居間へと向かった。そこには深刻そうな顔をしたマグナと元気のないアルディナの姿があった。テラを見たアルディナは、目を見開いたかと思うと露骨に顔を背けてしまう。居間に気まずい空気が流れ始めたのは言うまでもない。

 テラの内心を多少なりとも知っている俺は、何か言ってやりたい気持ちになった。が、テラは今優先すべきことは妹ではなく集落だと言わんばかりに、アルディナではなくマグナに話しかける。


「親父、ここが危ねぇってどういうことだよ?」

「落ち着けテラ」

「あ? オレは充分に落ち着いてるっつうの」

「普段のお前ならばここで食って掛かっては来ないだろう。お前の気持ちは分かるが、今すぐどうこうなる問題ではない。だから心を落ち着かせろ」


 マグナの言葉に、テラは舌打ちしながらも肯定を返事をした。俺には普段どおりのテラに思えたのだが、さすがは彼女の父親だ。わずかな変化も見逃していないのだろう。


「いったい何が起こってるんです? ノワールからは壊滅するかもしれないと聞いたんですが?」

「ええ。テラにも言ったとおり、今すぐというわけではないのですが……」


 重たい口調で話すマグナの視線は、窓際に向けられた。窓越しに見えるのは、暗雲と激しく降り続ける雨くらいのものだ。だがそれだけでも十分に予想できることはある。

 確かここの集落の中央には、川が通っていた。それにこの雨。壊滅の原因としては、川の氾濫が真っ先に思い浮かぶ。

 だがしかし、雨が降り始めたのは今日の昼からだ。雨脚が強いのは認めるが、氾濫するにしても数日は降り続けなければならないだろう。

 前もって危険なことに準備しておくのは大切だと思うが、降り続くかどうかも分からないのにここまで思い詰めるのはおかしいのではないだろうか。そんな俺の思いを汲み取ったかのように、今まで黙っていたノワールが口を開いた。


「一般的に魔力の保有量や扱いに乏しい種族である獣人のマグナ達や、魔力はあれど扱いに関してはまだド素人な魔王様は分からないだろうが、今振っている雨には微量ながら魔力が混じっている」

「魔力? つまり誰かが意図的に降らしてるってことか?」

「そうなるな。わたしの経験的に降らせているのは、人ではなく魔物の類に思えるが……誰かが意図的に召喚や放った可能性がある以上、人が関与しているのも否定はできないが」


 ――なるほど。

 長年生き魔力の扱いに長けているノワールが言うのだから、少なくとも何かしらの力で雨が降っていることは理解できた。同時に、集落の崩壊という未来に現実味が帯び、一気に危機感が高まる。


「確かここに通っている川の上流には湖のような水源があったな。周辺の魔力を探る限り、おそらくそこに雨を降らせている元凶がいるだろう」

「なら今すぐぶっ潰しに行かねぇとな」

「焦るな。相手は水の中にいるんだぞ。それに天候を操るとなれば、それなりの力を持った魔物だ。考えもなく突撃しても勝ち目はない」


 部屋での会話と違って真剣味のあるノワールの言葉に、テラも彼女の風格のようなものを感じ取ったのか、反抗するような素振りは見せない。それどころか、素直に助力を求めるような言葉を発した。


「ならどうすんだよ?」

「選択肢としてはふたつだ。ひとつは、ここを放棄して避難すること。もうひとつは、魔物を倒すことだ」

「そんなの魔物を倒すに決まってるだろうが」

「そう言うと思っていたが、冷静に考えてみろ。先ほども言ったが、魔物は水の中だ。いかに君達が優れた身体能力を持っていようと、水の中では敵に分があるだろう。それに君達はその優れた身体能力故に、近接戦闘を好む傾向にある。種族的に魔法を扱える者はほぼいないだろう。それでどうやって戦うつもりなのだ?」


 ノワールは別に追い込むつもりはないのだろうが、テラ達からすれば自分達に戦う術がないと言われたようなものだ。悔しそうな顔を浮かべるのも無理はない。

 ……副会長をやっていた頃の俺なら、集落を切り捨てる選択をしたんだろうな。全員生き残れる選択であり、またその頃の俺には抗う術がなかったから。

 しかし、今の俺には力がある。

 俺の視線は自然と腰にある二振りの魔剣へと向いた。この二振りを使えば、一瞬にして数百もの命を奪うことも可能だ。剣の腕や魔力の扱いに不慣れな今の俺でさえそれだけの効果を発揮するのだから、秘められている力は絶大だと言えるだろう。

 改めてそのように思った俺は、無意識のうちにノワールへと歩み寄り、彼女に向かって話しかけていた。


「テラ達に無理なのなら俺がどうにかする」


 俺の言葉にこの場に居た獣人達は驚き、吸血鬼は面白がるような挑発的な笑みを浮かべた。


「ちょっと待てよ。さっきノワールが扱いは素人だ、みたいなこと言ってたけどよ、てめぇ魔法は使えんのか?」

「いや、魔法は使えない……だが俺にはこれがある」


 魔剣に手を掛けながら答えると、テラは疑問の表情を浮かべたが、あることが思い浮かんだのか一瞬で表情は驚愕へと変わる。マグナのほうも同様で、信じられないといった顔つきをしていた。必要はないとも思ったが、心から納得させるためにも紋章を見せていたほうが良いと思い、俺はノンフィンガーグローブを外す。


「まさか紋章を刻まれているとは……」

「親父……確かあの魔剣って」

「ああ、初代が所持していたとされる最高峰の闇と炎の魔剣だ。紋章を刻まれた魔王は、これまでに初代を含めても数人しか存在していないと聞く」


 アルディナがいつもの調子だったならば、ここでテラ達に向かって「王様は凄いんだぞ!」といったことを言っていた気がするが、昼間の件が尾を引いているのか黙ったままだ。

 元気のないアルディナを見ていると心配になるが、今は彼女よりも魔物を優先すべきだろう。魔物をどうにかしなければ、彼女の大切な場所がひとつ消えることになる。そうなれば、心に深い傷を刻まれることになるだろう。

 アルディナとは知り合って間もないが、彼女は俺の味方で居てくれた。いつも笑顔で話しかけ、励ましてくれた。それだけに、彼女の心に傷が付くのは避けたいと強く思ったのだ。


「確かに君が魔剣の力を上手く使えれば魔物を倒すことは可能だろう……だが、それでいいのか?」

「どういう意味だ?」

「言ってはなんだが、この場所がなくなればここにいる者達は住む場所を失う。違う場所に住もうにも、しばらく時間がかかるはずだ。そうなれば、城に置いて見返りに兵として戦わせることも可能だと思うぞ?」


 ノワールの黒い考えにテラは今にも殴りかかりそうな険しい表情を浮かべた。彼女をマグナが制しているが、彼も良い気分ではないように思える。アルディナもこの場に立ち込める空気を敏感に感じ取っているようで、どことなく怯えた様子だ。

 だが行動を起こす者はいない。暴力沙汰が起きてもおかしくない雰囲気にも関わらず、事態の進展が俺とノワールに任されているのは、おそらくテラ達も俺の意図を知りたがっているのだろう。


「……確かにお前の言うようなことは可能だろうし、兵力を集めるという点では正しいのかもしれない」

「ふむ……」

「だが……そんな形で兵力を集めたところで団結感は決して生まれない。むしろ内部から崩壊しかねないだろう。そもそも、リーゼはそんな風に兵を集めることを望まないはずだ。……それに俺は魔王になる男だ。国に住む民が困っているのならば、助けるのに理由は必要ないだろ」


 聞く者によっては綺麗事に聞こえるかもしれない。俺の中にもそのように思う自分がいる。だからテラ達に信用してもらわなくても構わない。俺が言葉にした目的は、先に迫っている恐怖に足が竦まないように、魔王になるという運命に負けないように自分自身を鼓舞することなのだから。


「ふむ……言っておくが、下手をすれば死ぬぞ?」

「死んだらそれまでの男だったってことさ。まあ魔剣だけは回収して城に届けてくれると助かるが」

「そうか、覚悟が決まっているのならばこれ以上は何も言うまい。では行くとしよう」

「ん? 手伝ってくれるのか?」

「まあな。今回の件は今のところ国も問題ではないし、ここはわたしにとっても思い出深い地だ。それにここで君に死なれては、城に戻ったときに何を言われるか分かったものではない」


 あれこれと言い訳じみたことを口にしているが、本当は最初から手を貸してくれるつもりだったのだろう。俺の世話係は素直でないというか、回りくどい奴だ。まあ戦争に手を貸すつもりはないと言っている手前、すんなりと協力するのに抵抗があるのは理解しているが。

 そんな思いを伝えるかのようにノワールの頭を何度か軽く叩くと、やめろと言わんばかりに睨まれてしまった。こういうときに子ども扱いに似たことをされるのは嫌らしい。女心は気難しいものだと聞くが、彼女の場合は一段と難しく思えた。


「ちょっと待て、自分達の場所守んのに他人だけに押し付けて待つのは気分がわりぃ。何ができるかは分かんねぇが、オレも行く」

「ア、アタシも……!」


 自分も行く、とアルディナが声を上げた瞬間、テラの視線が彼女に向いた。昼間のようなやりとりになるのではないかと思ったが、テラは少しの沈黙のあと吐き捨てるように「好きにしやがれ」と言うだけだった。

 ――ノワールよりもこっちの姉妹のほうが扱いが難しいかもな。というか、ここの長ってマグナだよな。長ってことを抜いても父親だし、許可を取らなくていいのか。

 そう思った俺は視線をマグナへ向けた。彼はこちらに視線だけでなく、内心も察したような顔で話し始める。


「親としては私が行くからここに残れ……と言いたいところではあるが、あいにく私は無理をできる体ではない。それに私はここの長で、お前達は長の娘だ。ここを守ろうとするのに止める理由もない……だが決して無理はするな」

「言われなくても分かってるつうの。ガキの面倒もみねぇといけねぇし」

「アタシはもうガキじゃないし!」

「そこでムキになってる時点でガキだっつうの。獣化だってまだできねぇくせに。つうか、オレくらい女らしい体つきになってからガキじゃねぇって言えよ」


 発育の良さを強調、いや見せ付けるかのようにテラは胸の下で腕を組んだ。まだふくらみのないアルディナからすれば、それは圧倒的な存在感を放っているようで、悔しそうに奥歯を噛み締めている。

 妹のことを想って密かに頼みごとをしてくるくせに、直接の愛情表現は実に下手な姉である。何も知らない者からすれば、いじめているというか大人気ないとしか言いようがない。


「たくさん食べて、たくさん寝てるんだから、絶対姉ちゃんよりも女らしくなるもん!」

「絶対なんてよく言えるな。どこにそこまでの根拠があるんだよ。ちなみに言っておいてやるが、オレがてめぇくらいのときはもっと背丈も胸もでかかったぞ」

「おいおい、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。ケンカするにしても移動しながらにしてくれ。ノワール、お前も黙ってないで何か言え」

「ん? そうだな……わたしはこの姿ともうひとつ姿があるが、この世に男は腐るほどいるからな。どちらも需要はあると思うぞ。たとえ今のままだとしても大丈夫だ」

「そういうこと言ってほしかったわけじゃねぇよ。分かっててふざけるのはいい加減やめろ」



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