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第17話

 無事にアルディナ達を見つけた俺達は、急いでマグナの家に戻ることができた。

 しかし、状況は良いとは言えない。アルディナは自室に篭ってしまっており、マグナの言葉には耳を貸そうとせず、俺やノワールが話しかけても今は放っておいてほしいと言うのだ。普段の彼女を知っているだけに心配でならない。

 これに加えて、時間が経てば経つほど雨の強さが増してきているように思える。ここでの目的は達した以上、少しでも早く城に戻りたい。明日の朝には晴れずとも雨が上がっていてほしいと思うが、今の天気を考えるとそれは難しいかもしれない。

 ……悪い方向ばかりに考えても仕方がない。寝るには早い時間かもしれないけど、数日ぶりのベッドだ。休めるうちにしっかりと休むことにしよう。


「……ん?」


 横になろうと窓際から歩き始めたとき、不意に扉を叩く音が聞こえた。ノワールが訪ねてきたのかと思った俺は、すぐさま扉を開けた。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、小麦色のふたつの山。

 予想していなかった光景に思わず俺は首を傾げそうになったが、それが女性の象徴であるパーツだと理解した瞬間、息を呑んだ。

 この巨乳の持ち主は誰だ。小麦色の肌をした巨乳の知り合いなんて俺にはいないぞ。白い肌なら普段はロリ体型の吸血鬼がいるが……。

 などと考えた自分にツッコめる冷静な自分もいたことで、どうにか思考を落ち着けることができた。胸以外に意識を向けてみると、黄金のたてがみを連想させる色合いの乱雑な髪と無気力そうな顔が見えた。


「えっと……テラさん?」


 マグナの家に住んでいて、同い年くらい……そして何より、これほどまでに無気力そうな顔をしているのは、俺の記憶にはテラしか存在していない。

 それだけに間違えようがないのだが、なぜ俺の部屋を訪ねてきたのか予想が難しい。昼間のやりとりを思い出しても、彼女は俺というか城の人間に良い感情は抱いていなかったはずだが。


「別にさんはいらねぇ、あと砕けた話し方しろよ。見た感じオレとてめぇ、そんなに歳変わんねぇだろ……邪魔するぜ」


 入っていいと言った覚えはないのだが、テラは俺を押しのけるように部屋の中に入ってきた。だが、ここはマグナの家ではあるが、同時に彼女の家でもある。客間を使わせてもらっている身の俺が文句を言えるはずもない。

 テラはベッドに腰掛けると、気だるそうな目をこちらに向けてきた。が、彼女が昼間よりもさらにラフな格好をしているせいで、俺はあまり彼女のほうを向くことができない。


「何突っ立ってんだ。てめぇも座るなり楽にしろよ」

「あ、あぁ……」


 楽にしろ、と言われて「はい、そうですか」とすぐに対応できるはずもなく、室内を見渡した俺は机の前にあったイスを手に取ると、テラから1メートルほど離れた位置に置いて腰を下ろした。彼女が隣に座れるようにスペースを空けていることには気が付いていたが、さすがにそこに座れる勇気はない。


「……それで何の用なんだ?」

「ん、それはだな……昼間のことだ。言ったことは本心っちゃ本心なんだけど、少し言い過ぎたと思ってよ。……悪かった」


 かなりぶっきらぼうではあるが、謝ってくることは微塵も考えていなかった俺は驚きのあまり固まってしまった。


「な、何だよその顔……」

「あ、いや……謝るんだな、と思って」

「オレだって謝るときは謝るっつうの。……アルディナの言葉に苛立って、てめぇらに八つ当たりしちまった部分もあるし、雨の中……アルディナのこと探してくれただろ」


 最後のほうはかなり小声だったが、興味がなさそうに見えてもやはりテラはアルディナのお姉さんのようだ。ケンカした手前、自室に篭るような真似をしてしまったのだろうが、内心では誰よりも心配していたのかもしれない。

 普段あまりアルディナの相手をしようとしないのも、構っている姿を見られるのが恥ずかしいのか、接し方があまり分からないから……、といったように考えるとテラのことが可愛く思えた。


「んだよ、その優しい目」

「いや別に……ただアルディナのこと、思った以上に好きなんだなと思って」

「べ、別に好きじゃねぇよ。うるせぇし、すぐ引っ付いてくるし、チビだし」


 ひとつは完全に悪口のように思えたが、頬に赤みが差しているあたり、少なからずアルディナのことは嫌ってはいないように思える。

 とはいえ、迂闊に言葉を発すると面倒なことになるかもしれない。そう思った俺は、テラから話すのを待つことにした。彼女も今のが恥ずかしかったのか、黙ってしまっていたが、少しの間のあとポツリと話し始める。


「……てめぇ、確かシンクとか言ったよな?」

「ああ」

「アルディナのことなんだけどよ……ここに置いていってくれねぇか?」


 置いていけ、という言葉に思わず聞き返そうになったが、バツの悪そうな顔を浮かべたテラを見て、もう少しだけ声を発するのを待つことにした。


「置いていくっつうと悪い意味に考えちまうかもしれねぇけどよ、そうじゃねぇんだ。……オレが代わりに行くから、あいつとここに残してもらいてぇんだよ」

「……理由を聞いてもいいか?」


 俺の問いかけにテラは渋い顔を浮かべながら頭を掻いたが、話さないで納得してもらうのは無理だと思ったのか、ポツリポツリとだが話し始めてくれた。


「てめぇも知ってるとは思うけど…………あいつは……アルディナは、いつも誰かのあとを付いて回ったりする甘えん坊なんだよ。付いて来んなつっても、嫌だって笑顔で言うバカなガキなんだ」


 まあ否定はしないが……少しばかり言い過ぎな気もする。まあ家族だから遠慮がないと考えれば、納得できないわけではないのだが。


「これは……オレの想像になるんだけどよ、あいつがあんな性格をしてるのは寂しいからと思うんだよ。オレやあいつのお袋はさ……あいつが生まれてすぐ亡くなってんだ」


 これまであまり感情が現れていなかったテラの顔に、どんどん感情が現れ始める。声の調子は普段とそう変わりはしないが、おそらく彼女の中には相当な想いが溢れているはずだ。


「あいつは母親の顔を写真でしか知らねぇ。記憶なんてのはねぇと思う……オレさ、お袋のこと好きだったから、お袋が死んでから何年経ってもずっと引き摺ってたんだ。……いや、多分今も引き摺っちまってる」


 テラが言うには、彼女の母親はアルディナのように無垢な笑顔を浮かべる人だったそうだ。種族は人間だったそうだが、その笑顔と人懐っこい性格から誰からも好かれていたらしい。


「あいつを見る度に思い出すんだよ……お袋のこと。だからガキの頃はあいつのこと避けてた。集落やてめぇんことのやりとりで忙しくしてる親父の代わりに、オレが面倒みねぇといけねぇってのは分かってたんだけどさ……あの頃のオレは今よりも格段にひでぇ言葉ばかり……あいつに言ってた」


 テラの声は言葉を発するたびに細くなり、顔には後悔や自責の念が浮かび上がってくる。彼女がアルディナの相手をしない……避けようとするのは、もしかすると、このときのことで後ろめたさを感じているようにも思えた。

 あいつならば……ここにいるのが星也だったならば、慰めの言葉を掛けてやれたのかもしれない。でも俺は、黙って聞くことしかできない。よく知りもしない自分が、間に入るのは間違いだと考えたのだ。

 それに、きっとテラは別に同情や慰めの言葉を聞きたいとは思っていないだろう。ただアルディナを置いていってほしいという頼みの理由を説明する上で、過去の話を持ち出しているのだから。


「けど……あいつはオレがどんなにひでぇ言葉を投げつけても、にこにこ笑いながらオレのあとを付いてきた。元気だぜって言うあいつに、てめぇにはお袋の記憶がねぇからそんなこと言えんだ! ……お前なんかいなくなっちまえ! って、何度も思ったことがある」

「……そうか」

「あぁ……ひどい姉だろ。血の繋がった妹相手に。…………なのによ……あいつ、てめぇんところに兵を貸すってなったとき、オレの代わりに行くつったんだ。親父は昔の傷が原因であんま戦えねぇから、本当はオレが行くはずだったのに、父ちゃんや姉ちゃんは自分が守るって……もう悲しい想いはさせねぇって言ってよ」


 自分への強い怒りからか、テラの髪は逆立つように広がり、今にも血が出るのではないかと思うほど手は握り締められている。


「そんときはやっと邪魔な奴がいなくなるって喜んだ。……けどしばらくして、アルディナのことを話してるのをたまたま耳にしてよ。あの泣き虫だったアルディナがって内容を聞いたときは、正直自分の耳を疑ったぜ。オレの記憶にあるのは、笑ってるあいつばかりだったからよ」


 きっとアルディナは、幼いながらも自分が悲しそうにしたら周囲の人間も悲しむと思ったのかもしれない。だから誰よりも辛そうに、悲しそうにするマグナやテラの前では笑っていたのだろう。


「聞けば……オレの知らないところで、お袋がいないことでいじめられたりしてたんだとさ。……オレはあいつに何もしてやれなかったどころか、あいつを傷つけてばかりだった」

「…………」

「それに……最近思うんだよ。心の傷は時間が癒してくれる……オレはいつか……お袋のことを親父達と話すことができる。けどあいつは……あいつにはお袋との思い出がねぇ。親父やオレもあいつに思い出だって呼べるようなことは何もしてやれてねぇように思える。このままあいつを戦わせてたんじゃ、いつ命を落としてもおかしくねぇ」

「だから……自分が代わりに行って、アルディナをマグナ達と過ごさせたいのか?」


 テラはしばしの沈黙の後、小さくだが首を縦に振った。昼間にあんなことを言ったのに身勝手だろ? と言いたげな顔を向けてきたが、俺は彼女を責めるようなことはしなかった。

 いや、責めようなどとは思わなかったというのが正しい。

 テラは昼間守りたいものがあると言っていた。きっとそこにはアルディナや城にいる一族も入っているのだ。けれど彼女は、全てが自分の思い通りにいかないことを理解している。だから妹だけでも、と思って行動を起こしたのだ。誰かのために必死になれる奴を責めるなんて俺にはできない。


「……悪い。俺は……まだ魔王として認められていない。だから勝手に承諾することはできない」

「……そうか、いやそうだよな。てめぇが魔王じゃねぇってのはオレも言ったわけだし。……わりぃ、邪魔したな」


 出て行こうとするテラの手を、俺は握って引き止めた。まだ何かあるのか、と視線で問いかけてくる彼女に対し、俺は思ったことを口にする。


「承諾はできないが……リーゼ達には言ってみる。けど、きちんとアルディナとも話すべきだ。本人に知らせずに事を進めたら、お前とアルディナの溝は取り返しのつかないところまで深まりかねない」

「気遣いは感謝するけどよ、昼間のやりとりはてめぇも聞いてただろ? オレらの溝は充分に深まってんだ。……けどまぁ、ありがとよ」


 テラが穏やかな顔で礼を述べた瞬間、不意に扉が開いた。立っていたのは長い金髪の少女。彼女は一瞬驚いた顔を浮かべたが、ナチュラルな表情に戻ると、真っ直ぐに俺達を見つめて口を開いた。


「取り込み中だったか。すまない」


 と言って、ロリ吸血鬼は扉を閉め始めたため、俺はすぐさま扉へと駆け寄って閉まり行く扉に制止を掛ける。ロリ吸血鬼が本気だったならば、競り勝つことはできなかっただろうが、抵抗するつもりはさほどなかったようで、簡単に扉は開いた。


「何で閉める?」

「何で? わたしは空気を読んだつもりだが?」

「そうか。でもな、空気を読む奴ってのは最初にノックをすると思うぞ」

「それにしても、君は手が早いな。まあテラはなかなか立派な胸をしているし、体は引き締まっている。肌も小麦色で健康的だ。手を出したくなる気持ちは分からなくもない」


 こいつ……不利だからって人の話を聞いてない振りして話題を変えやがったな。というか、何でこいつは女なのに女相手にセクハラ紛いの発言をしてるんだ。初代のことが好きだったんだよな。好きになる相手は男のはずだろ。もしかして同性も行けるのか……。


「変な勘違いすんなよ。別に昼間のことを話してただけで何もしちゃいねぇ」

「…………」

「じっと見ても何も変わんねぇよ。つうか、あんたがそいつに何かしに来たんじゃねぇのか? ノックもしなかったしよ」

「おいおい、わたしが夜這いをするような女に見えるか?」

「見えなくはねぇよ。さっきのオレへの発言聞いた限り」


 全く持ってテラの言葉に同意である。


「やれやれ、テラはマグナと違ってわたしのことを敬う気持ちがまるでないな」

「そりゃ当たり前だろ。オレは親父と違って、あんたのことあまり知らねぇし」

「まあそれもそうだな。誤解がないように言っておくが、わたしは伝えることが会ってきただけで、夜這いに来たわけではない。無論、彼は次期魔王であり、わたしは彼の世話係だ。彼が望むなら……」

「そのくだりはいいから、さっさと用件を言え」


 そう言う俺にノワールは、「せっかちな男は嫌われるぞ」と言ってきた。俺から言わせれば、毎度のようにセクハラしてくる女よりはマシだ。


「邪魔してもわりぃし、オレは失礼するぜ」

「いや君も聞け。君にも関係がある話だ」

「は? オレにも関係がある?」

「ああ……単刀直入に言おう。このままでは、ここは壊滅するかもしれない」



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