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第15話

「……はぁ」


 静かに燃える焚き火を見ながら、俺は深いため息を吐いた。

 城を出発してから明日で3日目。予定では明日の昼にはアルディナの集落に到着するらしい。俺は今正直に言って、早く集落で目的を果たして城に帰りたいと思っている。

 出発してからというもの……移動中はアルディナとノワールが交代で絡んできたから全然ゆっくりできてないんだよな。休憩や野宿の際は、アルディナは巨大な虫やら持ってくるし、ノワールは食事を食べさせようとしてくるし、俺がいるのにふたりとも無防備に水浴びをしようとするし……。

 数秒思い返すだけでもこれだけのことが湧いてくるだけに、俺は客観的に見ても濃密な時間を過ごしていると言えるのではないだろうか。

 一部においては羨ましがられるかもしれないが、俺は異性の裸を直視できて楽しめる豪胆な男ではない。目のやり場に困るのだ。にも関わらず、アルディナは無邪気にノワールは意図的に誘ってくるのだから性質が悪い。精神的には、剣術の訓練をしていたほうが遥かにマシだ。


「……おいアルディナ、寝るなら馬車に戻れ」

「だいじょ~ぶ……起きてる……から」


 どこが大丈夫なんだ。今にも寝そうな声だろ……って、人の足を枕にして寝始めたし。

 地味に重たいので退けようとするのだが、駄々をこねるように俺の足から頭を退けようとしない。いくら国内とはいえ、周囲は森と言える風景だ。しかも時間帯は夜であるため、焚き火から少し離れれば闇に包まれる。危険生物や賊に襲われる可能性を考えると不安になって仕方がない。


「ずいぶんと懐かれているようだな」

「それは……まあ嬉しいんだが」


 俺とて心のある人間だ。ラヴィーネのように冷たくされるのも今は仕方がないと理解しているが、時にはアルディナのように温かく接してもらいたいと思ってしまう。リーゼの場合は……温かさがかえって辛く思えてしまうこともあるのだが。

 寝ているアルディナの頭を撫でてやると、気持ち良さそうな顔を浮かべた。それを見た俺は、妹のような可愛さとペットのような可愛さが混じった独特の感覚を覚える。

 獣人だから毛の量が多いし、硬そうに見えるけど、見た目よりずいぶんと柔らかいよな。

 そんなことを考える一方で、寝顔や普段の無邪気な顔を見ていると、戦場なんて出てほしくない。平和な場所で、遊んで暮らして大きくなってほしいと思ってしまう。


「……何で世界はこんなにも争いに満ちてるんだろうな……何だよその顔」

「いや……あいつも似たようなことを言っていたな、と思ってな。……わたしも思うよ。どうして平和というものは続かないのだろうと」


 空で静かに光を放っている月を見上げるノワールの顔はとても寂しげで、燃えるように紅い瞳には悲しみの光が宿って見えた。


「戦いで多くの血が流れ、それを教訓に平和な時代が訪れる。だがその平和も再び崩れ、戦乱の時代へと逆戻り。そしてまた短い平和が訪れ……これといった前触れもなく戦いが幕を開ける。……あいつの時代から今に至るまで、それの繰り返しだ」


 長い時を生き全てを見てきたノワールの言葉は、俺の心に拒絶の意思を抱かされることなく、すんなりと染み込んでいく。

 俺の知る時代は平和なものだったが、世界では戦争や紛争が起こっていた。でも興味なんて大して抱いていなかったな。自分の知る小さな世界だけにしか関心を持っていなかったから。

 だけど、俺の知っている小さな世界でもかつては武で覇を競うような時代や世界中と戦う時代があった。その時代のことは過去の出来事とでしか知ってはいないが、もしもその時代に生まれていたのならば、今抱いているような感情を抱いていたのかもしれない。


「戦争は様々なものを発展させてきた。それを考えれば、悪いことばかりとは言えない……しかし、それでもわたしは平和であってほしいと思う。たとえ裕福で快適な暮らしができなくても、大切な者達と過ごせる日々はかけがえのないものなのだから」

「……そうだな。……でも、多分今を生きる人間の多くはそれを理解していないんだと思う。過ちを犯してから、失ってからじゃないと気づかないことがあるから」


 学生として過ごしていた頃は思っていなかった。家族や友人と会えないことがこんなにも寂しく、悲しいことだなんて。

 人の命の重さも理解していなかった。誰かの死に関わることが、こんなにも辛く苦しく、痛みを伴うものなんて知りもしなかった。


「それにこの世界には様々な種族が住んでいて、それぞれに文化や考えがある。物事が全て上手く進むなんてことは奇跡って呼べるんだろう。……でも――」


 この世界に来る前の俺なら……星也達と離れ離れにならなかったならば、このように思わなかったかもしれない。だけど現実は俺の体験してきたもので、変えようがない。変えられるのは未来だけだ。


「――俺は諦めたくない。俺なんかに何かできるのか分からないし、世界を平和をもたらすなんて大層なことを言うつもりもない。けれどこの国だけは……俺の知る人達だけくらいは平和な世界で、幸せに暮らしてほしいと思う」


 俺の語っていることは、ルシフェルだけが平和であればいいという身勝手なものなのだろう。平和を維持するために戦うこともきっとある。

 しかし、俺は星也のような天才でもなければ、彼のように全ての者を思いやれるほどの善人でもない。大を救うためには小を犠牲することを選んでしまう弱者なのだ。


「……魔王としてもっと大きなことを言うべきなんだろうけど」

「何を言っているんだ」


 優しげな声が聞こえたかと思うと、そっと頭を抱き締められた。いつもならば拒絶の意志を示すのだが、今のノワールの顔は慈愛に満ちている。彼女は顔を寄せると、静かに囁き始めた。


「身近な者や民のことを想える王はとても立派な王だ」

「ノワール……でもこの想いだけじゃ何もできない。何も守れない。……力がなければ……潰される」

「ああ……でも焦ってはダメだ。君には膨大な魔力や魔剣達を操れる才能がある。身体能力だってもっと伸びるだろう。長年生きてきたわたしが保証する……だから今は、今この瞬間を全力で生きるんだ。どんなに苦しくても足掻いて生き残るんだ。そうすれば、きっと未来はおのずと拓ける」


 頬から伝わってくるノワールの体温は少し冷たいが、とても温かかった。彼女がどのような想いを抱いているのか、同じ時を生きてきたわけでもない俺には分からない。もしかすると、俺に初代を重ねているのかもしれない。

 けれど、別にそれでも良かった。

 俺の心はノワールのおかげで安らいでいる。彼女には俺には想像もできないような苦しみや悲しみがあるはずだ。かつて想っていた人のことを俺に重ねることで、少しでも彼女の心が安らぐのならば、それで俺は充分だ。俺を俺としてだけ見てほしいなんて言う気分にはならない。


「……普段からこんな感じならもっと好きになれるんだけどな」

「君はリーゼの夫になるのだぞ。彼女を第一にしてもらわねば困る……先に言っておくが、子作りのことをわたしに言われても困るぞ。経験がないからな」


 いや、聞いてないから。それに中高と保健の授業は受けてたから、どうやったら子供ができるかくらい知ってるよ。現状ではリーゼと子供を作るなんてことは想像できないけど。

 ……もしも俺が魔王として生き続けることができたなら、リーゼとの距離を保ったとしても、いつかは子供を作れと周囲から言われるのだろうか。いや、言われるんだろう……王族ならば世継ぎの問題があったりするのだろうから。

 リーゼの性格を考えれば、きっと周囲から言われれば……子供を作ろうとするだろう。だが俺はアスラを奪った人間……最愛の人間を奪った男の子供を生むというのは、とても残酷なことなのではないだろうか。


「また顔色が曇ってきているぞ……君は」

「大丈夫だ……先ことは先になってから考えるようにするから。今は目の前にあることだけを考える。俺ももう寝るよ」


 そう言うとノワールはゆっくりと俺から離れた。俺は寝ていたアルディナを起こし、目元をこする彼女の手を引いて荷車へと向かう。

 ノワールはまだ寝ないのか気になり首だけ振り返ると、俺の視線に気づいた彼女はもう少し起きている。お前はもう寝ろ、と言わんばかりに微笑んできた。静かに月を見上げる彼女が何を考えているのか、今の俺には分からなかった。




 明くる日、太陽が真上に昇る頃、目的地であるアルディナの集落に到着した。

 集落の周囲は自然に囲まれており、中央には川が流れている。建物は木をくり抜いて作っているのか外見は不恰好なものばかりだ。しかし、はたからみれば家には見えにくいため、敵から身を守るためには役立っている気がする。

 アルディナは故郷に帰ってきたのが嬉しいのか、集落に入るなり馬車から降りて走って行ってしまった。彼女の戦闘力や場所を考えると危険はないと判断した俺とノワールは、馬車で集落の奥にある一際大きな木家に向かう。


「あそこがここの一族の長の家なのか?」

「ああ……緊張しているのか?」

「それは……まあ」


 誰かにものを頼むのは生徒会の頃に何度も経験してはいるが、今回の件はそれと比べるわけにはいかないものだ。国を守るのを手伝ってくれというのは、云わば国のために死んでくれと言っているようなものなのだから。


「安心するといい。わたしの知る限り、頼んだだけで首を掻っ切るような真似する男ではない。話し方は少々堅苦しいが、気さくな奴だよ」

「そうか……なら少しは」

「まあ切れたら手がつけれん奴でもあるがな。封印のない状態ならともかく、今のわたしでも抑えられるかどうか」

「上げて落とすのやめてくれないか」

「そんなつもりはないさ。ただ現実を言っているだけだ」


 嘘をつけ。そんなつもりがあるからお前は笑顔を浮かべているんだろう。人の不幸は蜜の味って言うが、時と場所は選んでくれよ。俺は魔王としても戦士としても駆け出しとも言えないレベルなんだから。

 集落の様子を見ながら内心落ち込んでいると、進行方向から賑やかな声が聞こえてきた。進むに連れてそれは大きくなっていく。一際大きく聞こえる声から予想するに、アルディナを中心に人だかりが出来ているようだ。


「アルディナも他の人達も嬉しそうだな」

「ここは直接血が繋がっていなくても互いのことを家族だと思っているからな。それにアルディナは長の娘だ。可愛がられるのも当然だろう」

「へぇ……長の娘?」


 俺の疑問の声にノワールは「言っていなかったか?」と首を傾げた。そのへんのことを何も聞いていなかった俺は首を縦に振る。

 だが冷静に考えてみれば、一族を率いて戦っているのだから長の娘でもおかしくはない。というか、そうでなければ説明もつかないように思える。アルディナの部隊には、彼女より年上がゴロゴロといるのだから。


「言い忘れていたが、ここの長は娘を大切……溺愛しているからな」

「おい、何でこのタイミングでそれを言う? あれか、男と親しくしていたら凶暴化するって意味か?」

「さすがにそこまでではないさ……だが君には懐いているからな。可能性としては」

「だから上げて落とすのやめろ。これから嫌でも精神が削れそうってのに今削るな」

「安心しろ、わたしは君の世話係だ。疑われたときはちゃんと証言してやる……アルディナには手を出していないが、わたしを押し倒したことはあると」

「だからやめろって言ってるだろうが!」


 というか、その証言はかえって俺の首を絞めてるだろ。今のお前に手を出すってことは、見た目が子供でも手を出すって解釈されかねないんだから。世話係が世話する相手をいじめるなよ。それとも、本当は俺の世話なんかしたくないのか。もしそうならはっきりとそう言え。リーゼとかに頼んで変えてもらうから。


「騒がしいと思ったら、アルディナか」


 気だるそうな声が聞こえたかと思うと、人ごみが割れた。現れたのは、無気力そうな顔をした女性。いや、年代としては俺と同じくらいだから少女という表現が正しいかもしれない。

 一見活発そうなアルディナとは対照的に見えるが、髪色や顔立ちはどことなくアルディナに似ている気がする。


「あ、姉ちゃん! ただいま!」


 これまでよりも嬉しそうな顔を浮かべたアルディナは、元気に飛びついて行った。だが姉ちゃんと呼ばれた人物は、受け止めるようなことはせず、慣れた動きで避ける。必然的にアルディナは、盛大に地面を転がることとなった。


「何で避けるのさ!?」

「何でって、何でオレがてめぇを受け止めねぇといけねぇんだよ。駆け足で来るならまだしも、飛びついてこられたら避けたくもなるだろうが」


 妹相手に吐き捨てるように言うのはどうかと思ったが、俺もアルディナに飛びつかれた経験があるだけに彼女の心境には共感できてしまった。


「姉ちゃんのいじわる!」

「はぁ……てめぇ、あっちに行って少しはマシになったかと思ったが、全然変わってねぇな。つうか突然何しに帰って来やがったんだ? 連れもいるみたいだしよ」


 無気力そうな顔がこちらへと向いた。ノワールとは知り合いのようで、視線は俺に集中している。まあそれも当然だろう。彼女からすれば、俺はどこの馬の骨とも知らない男なのだから。


「まあ城の人間なんだろうけどよ……面倒くせぇが、このまま帰すわけにもいかねぇ。オレは先に行ってっから……アルディナ、てめぇはあいつら家に連れて来い」


 アルディナの姉は、頭を掻きながら巨大な木家に歩いて行ってしまった。見た目はともかく、本当にアルディナの姉なのだろうか。性格で言えば、アルディナとは正反対のように見えるのだが。

 ……まあケンカ腰ってわけでもなさそうだし、ひとまず安心かな。それに話はアルディナがするだろうし、俺がすることは挨拶とアルディナが駄々をこねたときに止めることだろう。緊張しないってのは無理だが、可能な限り気楽に行くとしよう。



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