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第14話

 アルディナと共に外に出ると、そこには小さな馬車が停まっていた。近くには小さなメイドの姿があり、こちらを真っ直ぐに見つめて話しかけてくる。


「遅かったな。すでに準備は出来ているぞ」


 誰かというのは言うまでもなく、神出鬼没のスキルを持っていそうなロリ吸血鬼ことノワールだ。偉そうに腕を組んでいるが、全然偉そうに見えない。実際は多大な影響力を持つ人物ではあるのだが、背伸びをしている子供のようで可愛らしく見えてしまう。


「あはは、ノワールだ。今日も相変わらず小さいね」

「小さいのは否定はしないが、君から小さいとは言われたくはないぞ」

「アタシはまだまだこれからだもん。これからどんどん大きくなるもん」


 アルディナと並ぶと余計に微笑ましい光景になるな。アルディナもノワールのことは嫌ってないというか、自分から笑顔で近づいていくあたり懐いてるみたいだし。下の子の面倒を見るときの心境っていうのは、今みたいな心境を言うのかもしれない。


「ところで、何でお前がここにいるんだ?」

「そんなの馬車を用意していたからに決まっているだろう」

「俺はどうして馬車を用意したのか、用意できたのかって聞いてるんだが?」

「それは……長年の経験の賜物さ」


 ノワールは自信に満ちたドヤ顔と呼べそうな表情をしているのだが、これといってムカついたりはしない。何というか、見た目が子供のせいか腹が立ってこないのだ。彼女に莫大な経験があるのを知っているのも理由ではあるだろうが。


「そうか……アルディナ、アルディナは馬を扱えるのか?」

「当然! 動物はみんな友達だぞ!」

「じゃあ頼むな。俺、まだ馬とか扱えないから」

「りょうかい」


 元気良く返事をしたアルディナは、飛び乗るように馬車に乗り、得物である巨大な斧を荷車のほうに押し込むと手綱を握った。俺は荷車のほうに乗り込む。華麗に飛び乗りたくもあったが、今の俺の腰には重量級の剣が二本もある。現状の俺の身体能力で飛び乗るのは不可能なのだ。

 荷車の中には、行き帰りに必要そうな数日分の食料や簡単な調理器具、毛布といったものが完備されていた。アルディナの一族の集落に行くのが決まったのは先ほどのはずだが、何をどうやったらならばここまでの準備ができるのだろう。俺の隣に座っている吸血鬼に聞きたいものだ。


「……って、何でお前も乗ってるんだ?」

「乗っていては悪いのか?」

「悪いのかって……付いてきて大丈夫なのか?」

「問題ない。仕事の大半は片付けておいたし、数日分の指示は侍女達に言ってある。まあわたしがいなくても仕事はきちんとできるのだがな……ひとり心配なのがいるが」


 ノワールが言っているのは、十中八九ドジな一面があるトルチェのことだろう。彼女のことを考えると、今この瞬間にも何かやらかしていそうで不安になる。彼女のことをよく知るノワールは、俺以上に不安を感じているに違いない。


「だがまあ、見守るのも大切なことだ。それにわたしは君の世話係。こうして付いていくのも仕事のうちだ。君は様々な知識に欠けているところがあるし、アルディナは何でもかんでも丸焼きにして食べたりしそうだ。獣人であり、森で育ったアルディナは大丈夫だろうが……下手なものを口にしたら君の場合、命に関わるからな」


 そんなことを言われてしまっては、付いてくるなとは決して言えない。ただでさえ魔王としてリーゼを支えていくと決めたばかりなのだ。戦場で死ぬのならまだしも、そのへんの毒のある動物や植物を口にして死ぬのは、俺としても納得できるものではない。


「しゅっぱ~つ!」


 元気な声が響いたかと思うと、馬車が急発進した。急激な加速を予想していなかった俺の体は、必然的に横向きに流れる。隣に座っていたノワールは、無論言うまでもなく俺に押し倒される形となった。


「ふむ……道中で剣術や魔力について教えようとは思っていたが、やはり君も年頃の男なのだな」

「いや待て待て、これは不可抗力だ」

「君は魔王でわたしはメイド……君が望むのならば断ることはできん。こんな真昼間からというのはお盛んで、近くにアルディナのような子供がいると考えると少々思うところがあるが」

「人の話を聞いてるのか。何もするつもりはない!」

「何も? 君はすでにわたしの胸に触れているが?」


 ノワールの発言に視線を下に落とすと、確かに俺の右手が彼女の胸あたりの位置にあった。無意識のうちに感触を確かめるように2、3度揉んでしまったのは、男としての性なのだろうか。今のノワールは幼児体型なので好ましい弾力などは感じなかったが。


「わ、悪い!」


 飛び退くように体勢を直した俺は、ノワールに背中を向けた。今の彼女の見た目がいくら子供だろうと、精神は大人なのだ。俺は何事もなかったように振舞うことはできないし、できることも謝罪しかない。顔を見て言えないことについては、恥ずかしさ故なので追求しないでくれ。


「ん、別に謝る必要はないのだがな。触られたからといって減るものでもない……というか、君は初心というかおかしな奴だな。あちらの姿ならまだしも、今のわたしを異性として意識するのはそうそういないぞ。……もしやそういう趣味なのか?」

「それに関しては断固否定する」


 さすがに子供相手に欲情したりはしない。ノワールに関しては、今の姿が仮の姿ということを知っているから異性として意識してしまうだけで。


「否定するな。時には欲望に素直になることも大切だぞ」

「引っ付くな、甘い声を出すな、耳元で囁くな」

「そう言う割りに抵抗はしないのだな……」


 下手に抵抗すれば先ほどに二の舞になりかねないから。

 ……って、気のせいかノワールの息遣いが荒くなってきているような……声も何だか色っぽくなってたように思えるし、もしかして興奮というか欲情しているのか。

 いや、落ち着け。ノワールは襲ったりしないと言っていただろ。これもきっと悪ふざけでやっているだけだ……でも吸血鬼であるはずなのに、長いこと血を吸っていないのも事実。しかも彼女が言うには、俺はどストライクらしいし……。

 そんなことを考えた直後、首筋に生暖かい息が掛かった。俺が体を震わせたのは言わずもがな。俺の反応が面白かったのか、ノワールはくすりと笑いながら俺の肩にあごを乗っけてきた。


「君は可愛いな……それに良い匂いだ」

「おい、前半はまだしも後半は何だ。凄まじく身の危険を感じるぞ。というか、何で今日はこんなにベタベタと引っ付いて来るんだ?」

「前にも言わなかったか? わたしも人肌が恋しいんだ」


 人肌が恋しいのなら俺の他にもアルディナがいるだろうに。彼女ならば引っ付いても文句ひとつ言わないことだろう。俺と違って何も問題ない。

 

「さっきからふたりで遊んでずるい! アタシも遊びたい!」


 なんて言葉が馬車の前方のほうから響いてきた。今にもこちらに飛び込んできそうな気配があるだけに、俺は今この瞬間にも事故が起きるのではないかと不安になった。

 馬を操れるのなら喜んで代わってやるところだが、あいにく今の俺には不可能。それだけにノワールに頼るしかないわけだが……。

 不安を抱きつつ淡い期待を胸にノワールに視線を送ると、やれやれと言わんばかりに微笑んできた。彼女は名残惜しそうに俺から離れると、アルディナに声を掛けながら幕をくぐって行った。


「王様、あそぼ~!」

「え、おい……!」


 満面の笑みで飛んできたアルディナを避けることはおろか、受け止めることもできなかった俺は、盛大に押し倒されて後頭部を強打した。魔剣達を身に着けていなければ、転がって馬車から落下していたかもしれないことを考えると、これくらいで済んだとも思える。痛いのに変わりはないが。


「だいじょうぶ?」

「大丈夫……じゃない。……とりあえず……退いてくれ」


 いくら子供でも腹部に体重を掛けるように馬乗りされては重くて仕方がない。

 というか、見た目の割りにアルディナって重いな。獣人だから筋肉の量とかが人間と比べて多い、とかそんな理由だろうから太ってるわけじゃないだろうけど。


「えぇ~、ノワールとは遊んでたじゃん。……前から思ってたけど、王様って不思議な匂いがするよね」


 別にノワールとは遊んでいないし、何で彼女といい、アルディナといい、人の匂いを気にするのだろう。

 ノワールはまあ俺が初代に似てるとか言っていたからまだ理解できるが、アルディナは何でだ? もしかして、肉食獣の本能みたいなのが疼いているのか。だとすれば、俺はアルディナにとって獲物だったり……。

 そのように考えると恐怖心も芽生えてくるが、目の前にある無邪気な顔を見ていると杞憂だとしか思えなくなってしまう。甘えるように頬擦りをしてきたりするせいか、大きな猫のようにも思えてしまった。


「何て言えばいいのかな……王様の匂いはすごく独特」

「独特? ……そんなに変か?」

「あ、別に悪い意味じゃないよ。何ていうか……王様の匂いは、穢れがないっていうか、別の世界で育ったんじゃないかなって思うような匂いがするんだ」


 別の世界で育った。その言葉をアルディナは例えで使っただけなのだろうが、俺には充分に衝撃を与えた。

 俺は魔王として生きると決め、すでに数多くの人の命を奪った。すでに前の世界の俺と比べれば、別人だと言っていいだろう。家族や星也達が今の俺を知れば、きっと真紅ではないと言うに違いない。

 家族とはもう会えないだろうし、星也達とは再会できたとしても……あの頃の関係には戻れないはずだ。

 高校生として、生徒会として過ごした時間を考えれば、この世界で過ごした時間なんてまだ微々たるもの。だがすでにこの世界に来てからの濃密な時間が、まるで業火のように俺の記憶を焼き尽くし、黒崎真紅としてではなく、シンク・ルシフェルに変えようとしている。アルディナが感じている匂いという黒崎真紅としての残り火も、近いうちに消えてしまうに違いない。


「ねぇ王様、王様は召喚術に巻き込まれてきたんだよね。前はどこに住んでたの?」

「それは……ずっと……ずっと遠いところから」


 覚悟は決めていた……はずだった。

 だけど今の俺の……悲しみの混じった声はどうだ。アスラの死を忘れたことはない。魔王として生きることも自分の意思で決めた。にも関わらず、あの頃の記憶を思い起こしては現状に対して後悔の念を抱いてしまっている。

 冷たくなっていく心を温めるかのように、気が付けば俺はアルディナを抱きしめていた。子供だからか、それとも獣人だからなのか、彼女はとても温かく、ほんの少しだけだが負の感情が消えていくような気がした。


「王様?」

「え、あ……悪い」

「ううん、別にいいよ。知り合いがいないってのは寂しいもんね。その気持ちはアタシも分かるもん。アタシでよければ、王様のともだちになってあげるよ」


 アルディナの浮かべた無垢な笑顔に、俺も自然と笑顔になっていた。が、次の瞬間。

 大きな石を踏んだのか、荷車が一瞬ではあるが揺れた。その際、アルディナが浮き上がったことで、再び彼女の体重が勢い良く俺の腹部に襲い掛かる。力を全く入れていなかったため、思わず息が漏れたのは言うまでもない。

 腹部を押さえて体を丸くする俺を見たアルディナが、慌てた声を上げながら心配してくるのだが……正直に言うと離れてほしかった。また揺れたら何か起きそうで怖かったのだ。集落に着くまで俺は無事でいられるのだろうか。



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