第13話
リーゼとの会話をひととおり終えた俺は、彼女と共に会議室へと向かった。中に入ると、そこには前回と同様にラヴィーネ、アルディナ、シャルナの姿があった。彼女達と視線が重なると、三者三様の反応を見せる。
「あっ、王様元気になったんだ。倒れたって聞いたから心配したんだよ」
「それについては謝る。悪かった」
「お体のほうはもう良いのですか? 無理はなされないほうが」
「大丈夫だ。そもそも、大丈夫じゃないなら今もまだベッドに居るだろうさ」
俺の言葉にシャルナの視線が一瞬だけリーゼのほうへと向いた。彼女はリーゼの性格をよく理解しているらしい。
「それもそうですね……よかったですねラヴィーネ様。シンク様がお目覚めになって」
「別にそいつのことなど気にしていない」
「ラヴィーネ様、なぜあなたはそのようなことばかり……」
「逆に聞くが、そいつが倒れたのは魔力の枯渇が原因だろう? 手傷を負っていたならまだしも、ただ魔力切れで倒れただけで心配する必要もあるまい」
ラヴィーネは一度口を閉じた後、続けて俺よりも重傷の兵士達は大勢いる。戦力になるか不確定な俺よりも兵士達のほうが大切だ、といった言葉を口にした。それに対して真っ先にアルディナから批判の声が上がる。
「ラヴィーネ、その言い方はあんまりだと思うぞ! 倒した敵の数なら王様は充分に役に立ってたじゃん!」
「確かに前回の戦闘ではな。だが次回からは敵も警戒してくる。この前のようにはいかない」
「それはそうだけど……」
「いいアルディナ、ラヴィーネの言っていることは最もだ。それに今は俺への評価について話してる場合じゃないだろ?」
理性はきちんと残っていたようで、アルディナは唇を尖らせながらも腰を下ろしてくれた。俺とリーゼが席に着くと、シャルナが無数の紙を片手に立ち上がって口を開く。
「では私のほうから……まず前回の戦についてですが、報告書によればシンク様の放った一撃によって数百に上る敵兵が一瞬にして殲滅。それによって敵は浮き足立ち、ラヴィーネ様達が追撃を加えたことで、結果的に言えばこちら側の大勝と言えるでしょう」
「うんうん、リベルダなんて楽勝だよ。あの気持ち悪い奴を取り逃したのは悔しいけど」
「アホ、楽勝だったのはあの腰抜けが指揮官だったからだ。指揮官が真っ先に逃げ出せば、先のような戦いになる。次回はおそらく厳しい戦いになるだろう」
ラヴィーネの言葉に楽観的な性格をしているアルディナを除いて深く頷く。
普通に考えても次の戦いでは、俺のことも警戒される。前回のように最初から全力で魔剣の力を開放しても大した戦果は得られないだろう。また俺が死ねば、魔剣の継承者がいなくなったという点で兵の士気にも影響しかねない。
素人でもそれくらいの予想ができるだけに、次の戦いまでに俺が準備すべきことはたくさんあるのだろう。
死ぬことが許されない中、多くの敵兵を殺されなければならない。これが上に立つ者――ラヴィーネ達が日頃感じている重圧なのかもしれない。
「はい、私も同意見です。ですが前回の戦闘で敵に損害を与えられたのは間違いありません。多少なりとも次の戦までに時間はあるでしょう」
「そうなのか? 確かあっちは聖国の助けがあるはずだよな。兵士の補充とかは早いんじゃないのか?」
「シンク様の疑問は最もですが、少なからず前回の戦闘で聖国の兵士にも被害はあったはずです。加えて、あちらの兵はほぼ人間。ここに来て日が浅いシンク様も分かるとは思いますが、一般的に人間よりも他種族のほうが個々の戦闘力では上回ります」
「なるほど……前回はこっちの倍の兵で負けたんだから次回はあれ以上の兵が必要。だが聖国は政治的な問題やらですんなりとは増援を出せないってわけか」
「はい、簡単に言えばそういうことです」
にこりと笑うシャルナを見て、ふと小学生のときの記憶が蘇ってきた。それはおそらく、今浮かべられた彼女の顔が、問題を正解したときに見せた先生の顔に似ていたからだろう。
「政治か……今の俺にはさっぱりだな」
「大丈夫ですよシンク。そちらのほうは私がやりますから」
「姫様、その男はあなたの夫――つまり魔王になるのですよ。政治に全く関わらないということは不可能です。今は仕方がありませんが、この先も今のままでは困ります。甘やかすのはいけません」
「まあまあラヴィーネ様、シンク様にはいずれ私が教えておきますので」
「シャルナ、私もシンクに……」
「姫様には姫様にしかできないことがありますよね?」
シャルナは笑顔を浮かべているのだが、彼女からは有無を言わせない雰囲気が発せられていた。
立場的にはリーゼのほうが上であるはずだが、どうやら彼女は今のシャルナには敵わないらしく、素直に「は、はい……」と答えた。多分この場に俺以外に居れば、俺と同じようにふたりの関係性が垣間見えたことだろう。
「話を戻しますが、時間に猶予ができたとはいえ余裕があるわけではありません。我々がすべきことは山のようにあります。急務なのは兵力の増加です。個々の戦力や魔剣の力とこちらに有利な点はありますが、数の暴力という言葉もあります。敵が兵力を増やしてくる以上、こちらも増やさなければ対応できなくなるでしょう」
「そうだな……だが言葉で言うのは簡単でも実際に行うには難しい問題だ」
「そうですね。姫様には各国に協力要請をしてもらう予定ですが、他国からすればルシフェルを助ける利点はほぼないに等しいのが現状です」
さらりと会話が流れていくが、内容は聞いているだけで気が滅入ってくるほど深刻なものだ。それでも投げ出したり、諦めたりする素振りを一切見せないあたり、ここにいる者は本気で生き残るつもりでいるのだろう。
「他国をあてにできないとなると、必然的に国内で兵を集める必要があるな」
「はい……こちらも難しいでしょうが」
「それはすでに兵にできる人間がいないって意味なのか?」
「都市部にはシンク様の言うように兵にできる者は少ないと思います。が、規模は小さくなってもここも魔国です。都市部離れた場所には多種族が集落を築いて暮らしています。ですが」
「一般的に集落で生活している者達は、第一に自分達と自分達が住む場所を守る傾向にある。何かしらの恩や見返りがない限り、力を貸したりするのは稀だろう」
この国に住んでいるのだから、この国を守るために戦うべきなんじゃないのか。
そんな風にも考えてしまうが、これは人間でありこの場にいる俺だから思うことだ。魔国には多種多様な種族が暮らしている。つまり、同時にそれだけの文化や考えが存在しているということだ。価値観や考えが違う者に協力するのは同族であっても難しいことなのだから、一方的に蔑むようなことはできないだろう。
「なるほど……状況はかなり悪いな」
「だいじょうぶだよ王様。アタシも父ちゃんたちにお願いしてみるからさ」
緊迫感皆無の明るい声で言うアルディナに、この場の空気は木っ端微塵に破壊された。彼女は今までの会話を聞いていたのか、と思わず疑いたくなるほどに。
「アルディナ……貴様はなぜそうまで呑気なのだ。大体、貴様の一族は貴様を含めてすでに充分な兵をこの国のために使わせてくれている。これ以上助けを求めるのは難しいだろう」
ラヴィーネの言葉が気になった俺は、隣に座っているリーゼに小声で聞いてみた。すると同じように彼女は俺に小声で返事をしてくれた。
リーゼが言うには、何でもアルディナの一族は獣人の中でも強い力を持った一族であり、昔からルシフェルに力を貸してくれてきたそうだ。だがルシフェルの衰退に比例して、一族の数も減ったらしく、今ではそれほど残っていないらしく、また血が薄まっているため昔に比べて戦闘力は落ちているとのこと。
だがそれでも充分に高い戦闘能力を誇るらしい。アルディナの部隊は数で言えば、ラヴィーネの部隊に大きく劣るが、上げる戦果は彼女の部隊に劣らないという事実が何よりの証拠になるだろう。
「確かに言ってすぐに手伝ってくれるかは分かんない。でも頼んでみないと分からないじゃん。この国がやられちゃったら、集落のほうだって危ないわけだよね。頑張ればきっと父ちゃん達も分かってくれるよ」
アルディナの声の調子はいつもと変わらないが、それでも彼女の瞳には強い意志が感じられた。彼女は彼女なりにこの国と家族のことを考えているのだろう。
普段犬猿の仲であるラヴィーネにもそれが伝わったらしく、彼女は小さく息を吐いた後、静かに話し始める。
「分かった、これ以上は何も言わない。期待はしないがやりたいようにやってみろ。貴様が城にいない間に戦闘になったとしても守り抜いてやる」
「ラヴィーネ……」
「正直貴様がいないほうが好き勝手動く者がいないから作戦が立てやすいしな」
温かな雰囲気を一気に凍らせるなんて、さすがは氷雪の戦乙女と言われるだけのことはある。できれば「アタシの感動を返せ!」と言っているアルディナの熱も冷ましてほしいところだが。まあラヴィーネが話せば話すほど、アルディナの熱は上がっていく一方なので黙ってくれて助かったのが現実ではある。
「アルディナ、断られたときは素直に従うのですよ。しつこくお願いしてはいませんからね」
「分かってるよ。アタシだって子供じゃないんだから」
「まだ充分に子供だがな……」
ぼそりと呟かれた言葉は俺にも聞こえたのだから、この中で誰よりも嗅覚や聴力に優れているであろうアルディナに聞こえていないはずがない。
故にアルディナは鋭くした瞳をラヴィーネに向けた。だがリーゼがラヴィーネを咎めたことで、彼女の怒りは沈静化する。
「私から直接お願いしたいのですが、あいにく今はここから離れるわけにはいきません。なのでアルディナ、よろしくお願いしますね」
「うん、任せてよ。父ちゃん達には姫様の分までガツンと言ってくるから」
「えっと、アルディナ……ガツンと言っては意味合いが変わってくると思うのですが」
リーゼは苦笑いを浮かべているが、当のアルディナは気にした素振りは全く見せていない。彼女だけで大丈夫か、と考え始めた矢先、不意に俺に向かって声が発せられた。
「シンク、貴様はアルディナと一緒に行け」
「ちょっとラヴィーネ、自分の家に帰るんだからアタシひとりで行けるよ」
「そんなことは私とて分かっている」
「だったら何でさ?」
「そいつがここにいてもやれることなんてほとんどないだろう。なら今後のためを考えて昔から世話になってきた一族に挨拶も兼ねて、援軍を頼みに行ったほうがマシというものだ」
確かに城に残ったとしても知識に欠ける俺では政治で手伝えることはないし、戦の準備ができるわけでもない。やれることと言ったら自主練習や掃除の手伝いといったくらいだろう。ラヴィーネの考えを実行するのが賢明なように思える。
「私はそのように思うのですが、姫様はどのようにお考えなりますか?」
「え……そうですね。……あまりシンクを城の外に出したくはありませんが、それでは魔王として認めない者達を増やしかねません。それに都市部から離れても国内ですし、アルディナも一緒にいるわけですから危険もそうないでしょう。今後のためを考えれば、一緒に行ってもらうべきだと思います。シンクはどう思いますか?」
「現状の俺じゃ何が最善なのか、どう行動すればいいのかなんて分からないんだ。リーゼ達が決めたことに従うだけさ」
俺の返事で話がまとまり、アルディナの一族が住む集落の場所へと話題は切り替わった。距離で言えば、ここから馬で2、3日といったところらしく、とても自然が豊かな場所らしい。自然が豊かなだけに危険な生物も生息しているので勝手な行動は取らないように念を押された。
「時間も惜しいし、アタシたちはさっさと準備して出発するよ。行くよ王様」
「え、ちょっ……」
アルディナに半ば強引に手を引かれる形で歩き始める。視線をリーゼ達に向けてみたが、帰ってきたのは無事で帰って来いといったニュアンスのものばかり。数日掛かるのならば最低限の準備くらいしたいところなのだが……。
……何ていうか、とっくに準備されていそうだな。この城にはスーパーメイドみたいな存在がいるわけだし。




