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第9話

 体中が酸素を求めており、自然と呼吸を早める。心臓もノワールに聞こえるのではないかと思うほどにうるさい。


「何を寝ている。君は戦場でもそうするつもりか?」

「はぁ……はぁ…………」

「ふ、冗談だ」


 性質の悪い冗談はやめてもらいたいものだ。

 そう思っても今の俺は体を休めることを最優先に望んでいたため、文句を言う気力はなかった。完全にへばっている俺を、ノワールは両手の剣を鞘に納めて覗き込んでいたが、何を思ったのかこちらに歩み寄り始めた。彼女が浮かべている笑みから嫌な予感がするが、今は抵抗できそうにない。

 もうどうにでもなれ……、と目を瞑っているとノワールに頭を触れられる。少し浮かされたかと思うと、すぐに彼女の手からは力が抜けた。

 ――いったいこいつは何がしたかっ……おかしい。

 頭の位置が先ほどよりも高くなっており、後頭部には柔らかな感触がある。まさかと思いつつ下ろしていたまぶたを上げると、すぐ近くにノワールの綺麗な顔があった。疲労がなかったならば、確実に飛び起きていたことだろう。頭をぶつけることになったかは、彼女の反射神経を考えるとどちらにせよなかったように思えるが。


「……何……やってるんだ?」

「膝枕、というやつだな」


 そんなことを聞いているんじゃなくて、なぜ膝枕をしたのか聞いているんだが。


「君としてもこのほうが寝心地が良いだろう?」

「別に…………寝たいわけじゃないんだが」

「そのへんは気にするな」


 頭を撫でるな。

 と言おうかと思ったが、恥ずかしさはあれど別に不愉快ではない。むしろ心が落ち着くようだ。今は体力の回復に努めようと俺はノワールの好きにさせることにした。


「嫌がると思ったがさせてくれるのだな」

「……疲れてるからな」

「ふふ、そうか。まあ存分に味わっておくといい」


 頼んだわけでもないのに上から言われることに思うところがあったが、おそらく今の言葉には「君は数日後にはこの世にいないかもしれないのだからな」といった隠されているような気がした。


「それにしても……汗ばんだ首筋というのもなかなか」


 大人の姿になってからは多少まともになったような気がしていたが、やはりノワールはノワールのようだ。


「…………欲望に素直になってみたらどうだ?」

「ん? はは、確かに君ほど私好みの男は滅多にいないからな。近いうちに死ぬかもしれないと思うと魅力的な提案ではある」

「……さらりと縁起の悪いこと言うなら眷属にでもしてくれ」


 眷属になれば生き延びる可能性が格段に高くなることから言ってみたのだが、ノワールは数回瞬きすると俺の頭を軽く叩きながら笑みを浮かべる。


「眷属になるということは人間をやめて、私と共に永い時を生きるということだぞ」

「魔国は別に人間じゃなくても問題ないんだろう?」

「それはそうだが、君は私ではなくリーゼのものだろう?」


 別に俺はリーゼのものではない。だが俺自身としては、俺の命は彼女のものだと思っている。

 ――リーゼが望むならば命だって投げ出す覚悟はある。それがアスラを奪ってしまった俺の償いと罰だ。といっても、あの子はきっと俺に生きることを望むだろう。死んで詫びるという道は選べそうにない。

 それにアスラとノワールにリーゼのことを頼まれている身としては、簡単に死ぬわけにはいかない。アスラが成すはずだった分まで事を成すまでは。


「それに眷属になれば血を欲するようになる。下手をすればリーゼを襲いかねない。君はそれでいいのか?」

「……いいわけないだろう」

「なら眷属の話は終わりだ……さて」


 まだ呼吸は完全には整っていなかったが、休んでいる時間さえ惜しいのが現状だ。続きをやるのかと思った俺は体を起こす。だが頭を押さえられ、再び膝に後頭部を乗せられた。

 ――続きをやるんじゃな……って近い!?

 ノワールが前かがみになっているために、俺の目の前には彼女の豊満な胸が来ている。子供のときの彼女のはほぼ平らな体型であるが、今の彼女は母性に溢れる体型をしている。年頃の男子には刺激が強すぎだ。


「魔剣の扱いを説明するから終わるまで休んでいろ……ん? 顔が赤くなっているが……まあ君も年頃の男だからな」


 理解してくれたことで追撃はないわけだが……精神的にはダメージがあるな。理解してくれなかった場合もダメージはあっただろうが。


「話を戻そう。魔剣の扱いについてだが、あまり難しく考える必要はない。魔法を使うよりも簡単だ」

「そうなのか?」

「ああ。君はその魔剣達に認められているからな。まあ認められなければ魔剣の力は使えない、というのが基本だが……」


 基本ということは、場合によっては紋章を刻まれていない者でも魔剣の力は使えるということか。

 可能性としてはありえる話ではあるか。紋章を刻まれなくても持てる人はいるわけだし、魔剣には意思のようなものがあると言っていた。一時的に力を貸すような時があってもおかしくはない。


「ついでというか魔剣にも関係がある話も含むから魔法の話もしておこう」


 綺麗な手が俺の見やすい位置に伸びたか思うと、手の平から赤黒い何かが溢れ始める。それを見るのは初めてのはずだが、俺は似たようなものを知っている気がした。


「それは?」

「ん? ……あぁ、そういえば君はこれまでに他種族と接してきていなかったな。これは魔剣や魔法を使うために必要な《魔力》と呼ばれるものだ。種族ごとによって色が異なったりする……が、まあ同種族であっても違うものは違うのだがな」


 つまり魔力の色には個人差があるということか。

 ふと思ったが、確かノワールは常に魔力を消費する封印を施していると言っていた。魔力の枯渇は危険に繋がるはずなので、今のように魔力を垂れ流すようなことをしていていいのだろうか。


「なあノワール」

「何だ?」

「その、平気なのか?」

「平気? ……ああ、そういうことか。安心しろ、私の本来の保有している魔力量は……君に分かりやすい表現で言うなら魔王級だ。封印されている今でもそのへんの者よりはある」

「そうか……ならいいんだが。そういえば、さっき俺の魔力量について言ってた気がするけど、俺はどれくらいの魔力を持っているんだ?」

「……君は自分の魔力のことも分からないのか。いやまあ体から無駄に魔力が溢れ出ているし、色々と無知なことから魔力の扱いを知らないだろうとは思っていたが」


 呆れた顔をするノワールに素っ気無く「悪かったな」と返すと、彼女は拗ねるなと言いたげな顔を浮かべながら俺の頭を叩いてきた。

 とてつもなく子ども扱いされている気分だが、年齢差を考えれば子ども扱いされるのは当然だと言える。それに、そもそも教えてもらっている身であるので文句は言えないし、疲れているので抵抗するのも躊躇われる。


「君の魔力量はおそらく魔王級と呼んでも問題ないほどだ……そういえば、君は今いくつだ?」

「今年で……17になるが」

「もう少し上かと思っていたが、リーゼミレアと一緒か」


 リーゼを話題に出す必要は別になかったのではないだろうか。

 と、思いもしたが口に出すと話が逸れそうなので言わないでおくことにした。


「20歳過ぎまでは伸びる可能性があるから、下手をすると封印を解いた私よりも多くなるかもしれんな」

「……数年後まで生き残ってる自信は今のところないんだが」

「今の世界において私のような化け物以外は誰だって自信はないさ」


 さらりと言われたために流しそうになったが、ノワールは今自分のことを化け物だと言わなかっただろうか。

 ――俺からすれば吸血鬼であるノワールは化け物のようなものだが、魔国は多種族が生活している場所だ。彼女のような魔に関する種族が住んでいないことはないだろう。なのに何故自分を貶すような発言を……初代の頃からずっと生きていることに何か関係があるのか?

 考えるほどに疑問は湧き上がってくるが、今は余計な質問をしているときではない。そう割り切った俺は黙ってノワールの話を聞くことにした。


「……先ほどの発言からふと気になったのだが、君は魔力を感知できているのか? 他人のはともかく、自分のも分からないとなると魔剣の扱いに支障が出てくる可能性があるのだが」

「ん、あぁ……魔剣に触れてから自分の中に何かが溢れてるのは分かる」

「魔剣に触れてからだと?」

「そうだが……何か問題があるのか?」

「いや……ないといえばないが、君ほどの魔力量と魔剣に触れてから感じるようになったとなると、君の体には何かしら封印がされていたのではないかと気になってな」


 俺がこの世界の住人だったならばノワールの言っていることもあったのかもしれないが、おそらく俺はこの世界にとっては異物だ。封印されていたという可能性はないだろう。

 ――……まあ俺の世界にも得体の知れない何かが存在していて、魔法が発展しないように人類全てに封印が施されているなら話は別だが。

 ただこの考えはどう考えても現実味がない。しかし、陰陽師や超能力者などと呼ばれる人間がいたことや、俺をこの世界に飛ばした本があったために可能性がゼロだとは言えない。


「……今は余計なことを考えている場合ではないな。魔法の話の続きだが、魔法を使うためには魔力もだが何より才能が必要になる」

「才能?」

「そうだ。魔法は形状変化以外にも性質変化もするからな」


 言葉だけではピンとこなかったが、再度ノワールの手から溢れ出した魔力が圧縮されるように集合し球体になった。


「これが形状変化だ。これくらいならば魔力の扱いを覚えれば大抵のできる……が、性質変化は才能が大きく関わってくる」


 ノワールが言い終わってから一瞬の間の後、魔力の球は爆ぜながら火球へと姿を変えた。伝わってくる熱気から幻でも何でもない。

 突然の出来事に体をビクつかせたのは言うまでもなく、恥ずかしさを覚えながら視線を火球からノワールへ移すといじわるな笑みが見えた。こればかりは文句を言おうと思ったのだが、先に動いた彼女に悪かったと言わんばかりに頭を撫でられる。癪に障りもするが、どことなく嬉しそうな顔を見ると文句を言えなくなってしまう。


「今のが性質変化だ。属性変化とも言ったりもするがな」


 続けて言われた説明によると、属性は火、水、風、土といった基本的なものから雷や氷といったものまで多種存在しているとのことだ。中でも光属性と闇属性は難易度が高いらしい。


「属性によって難易度に差があるんだな」

「ああ、性質変化には意思の力というべきものが必要になる。なぜ必要なのかはよく分からんが、一説では何かしらの存在が我々の魔力と意思を汲み取って変化させているというのがあったな。知らなくても問題ないことだが、興味があるならこの手の話はエルフといった種族に聞いてみるといい。まあ基本的に他種族と群れるのを嫌う者が多いのだがな」


 上げて落とすような言い回しをしなくてもいいだろうに、とも思ったが、正直あまり興味がないのでどうでもいいというのは本音だ。


「続きだが、火や水といったものは日常でも見る機会があるだけに想像しやすい。だが光や闇といった属性は言葉の意味は理解できても、具体的なものを想像できるかと言われると君も困るだろう?」

「それは……まあ」

「それ故に性質変化は想像力という才能が必要なんだ。といっても、単純に向き不向きもあるから想像できても大した魔法にならないこともあるがな」


 魔力の保持、使用できる魔法も個人次第ということか。確かに生まれ持っての才能としか言いようがない部類だな。

 そのように思う一方で、俺の思考は別の方へと移り始めていた。

 魔力量に関しては才能に恵まれているようだが、魔法を扱える才能がどの程度なのかは分からない。ただ俺が使うのは魔法ではなく魔剣だ。ノワールは魔剣の扱いは魔法よりも簡単だと言っていた。そして、魔剣には意思のようなものがある。つまり


「……これまでの説明から予想するに、魔剣は魔力の性質を変化させる装置みたいなものなのか?」

「ん、察しがいいな。ただ補足しておくと、魔剣がどのような事象を起こすかは持ち主の意思次第だ」

「……ということは、大きな力を望めば対価としてそれ相応の魔力を食われるってことだな」

「ああ。君ほどの魔力があれば多少は問題ないだろうが、無茶な使い方だけはしないことだ。魔力が枯渇すれば、次に奪われるのは生命力だからな」


 なるほど……だから魔力の枯渇は死の危険に繋がるのか。

 こうして考えると、魔力というものは生命力を消費せずに魔法を使用するために得た力のように思える。もしかすると人類の進化のひとつなのかもしれない。


「さて君の持つ魔剣だがナハトは闇、イグニスは炎の魔剣だ」

「イグニスはともかく……問題はナハトだよな」

「一応私は闇属性の魔法も使えるのだが……どう説明したらいいか迷うな。私の想像が君に合うとは限らんし」

「とりあえず、どういう使い方をしているのか教えてもらっていいか?」

「それはもちろん……そうだな、槍のようにして敵を貫いたり、包み込んで押し潰すといった感じに使っていたかな」


 それを聞いて俺の脳裏にある考えが浮かんだ。

 闇というものに確かな形はない。だがそれは、ある意味水も一緒ではないだろうか。固体になれば話は別だが、液体や気体のときには決まった形をしていないのだから。

 加えて、敵を貫いたり押し潰したりできる用途からして予想するに、闇属性の魔力というものは、《使用する魔力量に応じて硬度や鋭さ、重量が増す魔力》なのではなかろうか。


「……やれないことはないかもしれない」


 大分体力も回復していた俺はそう呟きながら体を起こし、二振りの魔剣を握り締める。立ち上がりながらノワールから距離を取り、目を瞑った状態で体から無駄な力を抜いた。

 魔力の扱いについてはまだ分からないが、魔剣達には意思のようなものがある。ならば俺が望めば、あちらから必要な魔力を取ってくれても不思議ではない。それぞれの刀身から闇と炎が出るようにイメージしながら魔剣達の名を呼ぶ。


「ナハト、イグニス……」


 体の中心から何かが魔剣達のほうへと奪われていくような感覚。だが初めて魔剣達を握ったときのような探られる感覚ではない。魔剣達とひとつになるような不思議な感覚だ。

 下ろしていたまぶたをゆっくり上げると、右に持つナハトからは、あらゆる光を吸い込んでいるような漆黒の闇。左に持つイグニスからは、紅蓮の炎が溢れ出ていた。


「……出来た」

「……ふふ、本当にあいつに似ているな」

「ん、何か言ったか?」

「君は何者なのだろうか、と改めて思っただけだ」


 どことなく寂しげな声が聞こえたような気がしたので疑いは持ったが、ノワールが立ち上がりながら両手に剣を構えたので問いかけることはできなかった。


「魔剣の力についてはもう君次第だ。ここからは剣術だけに取り組んでもらうぞ」

「……分かった」


 俺は返事をしながら脳内のイメージを消して魔剣の力を収めると、イグニスを前にしながら構えた。魔剣の力を消したのは、ノワールが剣術だけと言ったからだ。それにおそらく


「最後に言っておくが、魔剣の力を使うのはなしだ。普段の状態ならば力量差があるから打ち合えはするが、力を使われるとこの剣では一撃で壊れかねないからな」

「了解だ」

「では……参るぞ!」



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