騙された
「東堂さん、電話です。3番です」
突然の電話に驚きながらも、俺は受話器を手にし3番のボタンを押した。会社で名指しの電話がかかってくることなど滅多にないからだ。
「はい、お電話代わりました。N株式会社営業部の東堂です」
「あ、柳かい? あたしだよ。最近電話がないから、元気にしてるかと思って」
「お、おふくろ!? なんだよ急に。会社にまで電話してくるなんて」
確かに最近忙しくて、なかなか連絡も取れずにいたが、わざわざ仕事中に会社へ電話してくるとは、もしかしたら何かあったのかもしれない。
「いやね。さっきあんたの上司って人から連絡があって、あんたが大事な取引でヘマしてお金が必要だっていうから。もしかしたら、会社クビになるかもしれないって。さっきそのお金を振り込んでおいたから、もう大丈夫だって言おうと思って……」
「取引でヘマ? クビ? どういうことだよ。聞いてないよ、そんなこと。金のことも知らないし」
母の言う言葉の節々から嫌な予感がしてくる。予感というよりも、ほぼ確信していた。
「もしかしてそれ、振り込め詐欺じゃないか?」
「えっ……」
母は余程驚いたのか、それから黙ってしまった。まさか自分が騙されることになるとは、露ほどにも思っていなかったのだろう。
「いくら振り込んだんだ?」
「ひゃ、100万円……」
「100万!?」
思わず大声を上げてしまったので、周りから変な目で見られた。適当に笑ってごまかす。
「そんな金どこから……?」
うちは貧しい家庭だった。幼い頃からそれが原因で親子共々、色々な苦労をしてきた。だから100万という金額も、うちにとってはかなりの大金だった。
「半分は貯金から出したけど……、残りは……」
「借金か……」
俺は頭を抱えた。まさかこんなことになるなんて……。
「とにかく、変なとこから借りてたら、利子が付くと大変だし、俺が口座に振り込んでおくよ。それで返しておいてくれ」
「すまないね……、柳……」
泣いているのか、声が震えている。
「いいんだよ。もうどうしようもないし、しょうがないよ」
そういえば、親の口座に金を振り込むなんてしたことがなかった。
「そうだ、口座番号教えてくれよ」
母から聞いたその番号をメモし、俺は電話を切って急いで銀行に向かった。
どうにか振り込みも済んで、俺はそのことを報告しようと、家に電話をかけた。すぐに母が電話に出た。
「ああ、おふくろ? 今振り込んでおいたからさ。それで何とかしてよ。俺の金なんて心配することないから」
将来の為に貯めておいたなけなしの金だ。心配するな、なんてただの強がりだった。
「金? 振り込んでおいたって何のことだい? いきなり電話してきて」
「えっ……」
俺はその瞬間、全てを悟った。




