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パーティーもいよいよ終盤へと差し掛かり、ダンスタイムが始まった。ダンスフロアの人々は軽やかに、そして華やかに、くるくるとステップを踏んで楽しんでいる。
一朝一夕ではダンスまで身に付けられなかったから、万が一にも誘われることがないように、私はこっそり広間をテラスから抜け出して、小さな四阿に身を寄せた。ここならそうそう人目につくことはないとローザさんが教えてくれた。
庭園だという森の中にひっそり佇むこの場所は、喧騒から離れて静かで、とても落ち着く場所だった。外灯はひとつも無いけれど、月や星の光だけでも近場を見渡すには十分な明るさがあった。
ひとりでいるのは、嫌いじゃない。特に今回みたいな状況だと、浮かれないように自分を牽制できるから。
だって、分不相応な扱いだ。パーティーに出てみて、それがよくわかった。
本当の私は、貴族のお嬢様でもなんでもない。ただの、普通の女子大生。
本当の私は、天女なんて敬われるようなすごい存在じゃない。どこにでもいる、ちっぽけな人間。
「こんな格好、私には似合わないよ……」
綺麗に結い上げられた髪も、女性らしい曲線を強調したような繊細なドレスも、彩りとして飾り付けられたアクセサリーも。少し走っただけで壊れてしまいそうな、華奢なヒールだってそうだ。地球での私はファッションに興味を抱いてもいなかったのだから。
溜息を吐きそうになった時、不意に茂みが大きく揺れた。正体がわからず怯えていると、表われた影がゆっくりと近づいてくる。
「さつき様?」
「ルーグさん……」
ルーグさんの動きに合わせてマントが緩やかに波打つ。刺繍が月明かりに反射して、幻想的という言葉が頭に浮かんだ。
「主催者がこんなところにいていいんですか?」
意地の悪いことを聞いてみる。でもそれは、すぐに手酷い返り討ちを受けてしまった。
「ここに来れば、月の女神に逢える気がしたので」
天女の次は女神とくるか。歯の浮くようなセリフを恥ずかしげも無く口にされてしまった。
この人だから様になるのだと、一瞬で熱を持ってしまった顔を隠すように俯く。
「そのドレス」
「え?」
「似合わないだなんて、とんでもない。よくお似合いですよ」
ああ、聞かれていたのか。疲れているだろうに、気を遣わせてしまった。
余計に気落ちした私の頬に、そっと手が添えられる。きらきらとルーグさんの瞳の中にも星が輝いていて、とても綺麗だ。
言葉も無くじっと見つめられて、どうしていいのかわからなくて居心地が悪い。奇妙な感覚がしている。
「あ、あの…………?」
戸惑いがちに口を開くと、ルーグさんが失笑した。苦笑、に近いかもしれない。
「こういうときは、そっと目を伏せるものですよ」
何のことだろう。
理解するには時間が必要だった。
ルーグさんが何を言っているのか、気がついた瞬間、火照っていた顔が燃え上がるように一気に血が上った。驚いて思わず後ろに体を退くと、それを阻むように腰に手を回されて、抱きしめられる。顔が胸板にぶつかって、近すぎる距離から薫るコロンが鼻腔を擽る。熱に浮かされたようにくらくらして、思考が奪われていく。
頭が、体が、あの日の熱を思い出す。
どうしよう。心臓が壊れそう。こんなに激しい心臓の音を、聞かれてしまったらどうしよう。
なによりもそれが頭を占めた。
私の不安なんて知りもしないで、腰を固定したまま、ルーグさんがもう一度私の頬に手を添える。
「―――ね?目を閉じて………」
堪えるような苦しげな低い声は、でも甘く掠れていた。催眠術にでもかけられたかのように、ゆっくりと目蓋が下りてくる。
どうしよう、だめなのに……こんなところで………見られたりしたら………。
そう思うのに、頭がぼんやりとしてしまって、どうにもできない。
「大丈夫ですよ……。だれも、見ていませんから……」
心を読んだように囁いて、唇がそっと触れる。何度も啄むように触れては、名残惜しげに離れ、また触れる。
優しさだけを集めたようなそれは、少しだけ、冷たかった。




