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異世界で恋に落ちました  作者: 藤野
第十二話
98/134

5

 今夜は正式な形のパーティーではないらしい。というのも、パトラシャーナ国軍は民間人からの志願も多いため、兵の慰労会と名目には格式ばったものは不適当なのだとか。特に今回の国軍出兵は、天女わたし奪還という名分だったからか、いつも以上に一般志願が募ったらしい。

 こんな小娘一人を連れ戻すのにそんな大人数動かさなくても、とも思う一方で、私が思っている以上に『天女』という存在の価値は重いのだと知らしめられた。

 略式とはいえ、名前を呼ばれるまでは広間の前で待たなくてはいけない。エルザさんとローザさんに先導された先で、他の人たちと同じく自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

 こういうとき思うのは、どこの世界でも女性の好奇心の強さは変わらないんだなってこと。私がここに着いたときから、マダムやレディたちからの視線がぐさぐさと刺さって居心地が悪い。ひそひそと小声で話されるのも酷く不愉快だった。

 私はこういう女関係が得意ではない。陰でこそこそ言われるより面と向かってはっきり言って欲しいと思ってしまう。呼ばれるまでの待ち時間が、着いたばかりだというのに憂鬱で仕方がなかった。

 今回最初に呼ばれるのは、今回の主役である軍人だ。元帥という最上級軍人から准佐という佐官までを代表として読み上げた後に、賓客である貴族が呼ばれ、そのさらに後に貴婦人ご令嬢が呼ばれるらしい。つまり、順当に考えるなら私が呼ばれるのはまだまだ先。

 ――だったのだけれど、そこはほら、私一応『天女』ですから。広間に到着してからすぐに名前呼ばれましたよ。

 係の人に最敬礼をされてから。


 「――聖域より、天女、サツキ=モリヤマ様」


 一際大きな声で呼ばれて、ざわついていた広間が一気に静まり返った。

 老若男女を問わない好奇の目に曝されて、頭の中が一瞬で真っ白になる。

 えっと、こういうときは、どうするんだっけ。

 私は、これだけは、とまとめてもらったことを必死に思い返した。


 ――まずは、胸を張ること。

 背筋を伸ばして、堂々としてみせる。背筋が曲がっていてはみっともない。


 ――次に、顎を引く。

 顎を高くすると高圧的になる。低すぎても卑屈に見えてしまう。背骨の一本線を意識する。


 ――そして、前を見据える。

 恥じることは何一つ無いと、その姿でもって見せ付ける。


 大きすぎない歩幅を意識して、ゆっくりと歩き出す。すると、居並んだ華やかな人たちが次々と腰を折って最敬礼を示した。

 この瞬間は、誰一人として口を開かない。静かな空間に、ヒールが石畳を叩く音がよく響く。

 嫌な光景だと思った。人の顔が見えないのが、こんなに気持ちの悪いことだなんて知らなかった。

 でも、ススキのような人たちの中で、唯一腰を折らない人がいる。豪奢な王座に腰掛ける、私の好きな人が。


「さつき様」


 似つかわしくない、冷えた声で呼ばれる。必死に仮面を被るこの人が、もっと愛しいと思えた。

 支えたいという一心で、寄り添うように隣に立つ。


 「ルーグさん」


 いつもどおりの声を意識して、いつもどおりの呼び方で呼べば、少しだけ表情が和らいだ。

 周囲がもとの賑やかさを取り戻していく。

 それでも、私たちの周りは変わらない静けさを保っていた。


 「あなたは鳥のような方だから、このような場は窮屈かもしれませんね」


 誰が聞いているのかもわからない場所で、ひっそりとルーグさんが苦笑する。それには疲れが滲んでいるようにも見えた。


 「私より、ルーグさんの方がよっぽど大変そうです」


 素直に思ったことを口に出せば驚いた顔をされた。そして、ばれましたかと軽めの微笑。

 周囲が談笑を楽しんでいる中で、私たちだけが内緒話をしている。それが会場内では浮いているとわかっていても、私達にはぴったりだと思った。

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