3
「な、ん……」
なんで。どうして。
そんな言葉を言わせてもらえない。逃げることは許さないと、怖いくらいにまっすぐな瞳が封じてしまう。
いつもの温和な雰囲気はすっかり姿を隠してしまった。こうも真剣に感情を表に出すこの人は、何を言っていいかさえわからなくなってしまった私の唇を何度も何度も塞いでしまう。怖いと思った奪うキスじゃない。ただ触れ合わせるだけのそれだけが優しかった。
「私はもう我慢しません。したくもない。我慢して、今度こそ失うのは御免です」
「でも……」
「でも、なんですか。私よりグランの方がいいとお思いですか」
違う。そんなこと思ってない。
そう言いたいのに声が詰まって、結局首を振るしかできない私はなんて情けないんだろう。こんな時に、伝えなきゃいけないことも伝えられないなんて。
馬鹿の一つ覚えみたいにまた泣く私を、それでもルーグさんは痛ましげに顔を顰めてくれる。
優しい人。でも――残酷な人。
もう、十分だと思った。
「だめ、ですよ……」
そう。だめなのだ。こんなことは。だめ。だめ。これ以上、私を浮かれさせないで。
「グランがいいなんて、そんなこと思ってない。……でも、ルーグさんでもだめです」
嘘。本当は、ルーグさんだから。
「ルーグさんは、きっと信仰心とかを取り違えてるんです。だめですよ。間違えちゃ。だめです」
まだ言うかとルーグさんが一気に気色ばむ。それが嬉しくて、悲しい。
「さつき様!私は本気で―」
「私は!!」
ルーグさんが言いかけた言葉を無理やり遮る。怒声に近い声にルーグさんが一瞬怯んだ。その隙に、また「だめです」と繰り返す。ルーグさんにも、自分にもそう言い聞かせる。そうして、見えっ張りな私は笑顔を作る。
忘れるな。見失うな。
「私は、いつの日か帰るんですから」
そう口にした瞬間の、ルーグさんの泣きそうな顔が、この上なく私の胸を締め付ける。
こんな顔、させたかったわけじゃない。いつものように優しく笑っていてほしい。幸せでいてほしい。ルーグさんだから。私の好きな人だから。
だけど、ここで少しでも拒絶を緩めてはいけないとわかっているから。気取られないように奥歯を食いしばって、そうして作った笑顔を保ち続ける。
表情筋によって作られたこの表情は、きっと不自然でぎこちないだろう。
わかってても、それを貫き通す。
「間違えちゃ、だめ」
間違えちゃだめ。大丈夫、これが正しい。終わりしか来ない夢なんて、見ない方がいいに決まってるんだから。
ああ、でも。
ごめん。ごめんね、ルーグさん。
意気地無しでごめんね。嘘つきでごめんね。
ありがとうって、私も好きですって、言えなくて、ごめん。




