2
「さつき様?何かお考えごとですか?」
「あぁ…ほら、グランのこと。お礼しなきゃなー、って」
そこまで言うと、ルーグさんは途端に機嫌を悪くした。忌々しいとでも言うように思いっきり顔を歪めている。あんまりにもあからさまだから、ちょっと驚いた。
抱きしめてくる力が強くなる。ちょっと苦しい。
「ルーグさん、ルーグさん」
力緩めてください、とぽんぽん目の前の彼の腕を叩いてみるけど、緩められる気配は無い。
「あんなやつ………」
低い声が耳元で響く。ぞくりと、背筋に震えが走った。
あの時と同じ声だ。忘れもしない。たった一度だけルーグさんを怖いと思った、あの時のことを。
小刻みに震える私を、ルーグさんはどう受け取ったのだろう。
するりと頬を寄せられた。抱きしめられたまま、首筋そっと唇が触れた。
「さつき様があんなやつのことを考える必要なんてありませんよ」
そんなことを言うルーグさんに、それはできないと断る。だって、お礼とは私にとって報復なんだから。
「ルーグさん、なんだか嫉妬してるみたい」
冗談そう言えば、ルーグさんの動きがピタリと止まった。
地雷でも踏んだだろうか。内心ひやりとしていると、ルーグさんの口は信じられない言葉を紡ぎ出した。
「そうですよ」
「え?」
耳を疑った。そうです、って…何が?
足元が崩れていくような恐怖。冷水でも浴びせられた時のように、血の気が引いていく。
だめだ。これ以上は聞いちゃだめだ。戻れなくなる。
頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響く。逃げようとしてもがきだせば、拒絶は許さないとなおさらきつく抱きしめられた。
「ちょっ、冗談は……」
「冗談なものか!!」
不意に荒げた声に驚いて体が跳ねた。
「っ私が、冗談でこんなことを言うとお思いですか」
搾り出された切ない声に、胸が大きく脈打つ。
誰……?この人は、今私を抱きしめているこの人は、誰なの――?
私は知らない。こんな、大人の男のような人なんて。
ーーーー本当に……?
不意に、体を強く引かれて面と向かい会わされる。あの時よりも怖い顔をしたルーグさんが、私を射抜いて逸らさない。
「どうすれば、あなたに伝わりますか」
「、え…」
急に問いかけられて、うまく回らない頭では理解もできない。呼吸なんていう、普段当たり前にしていることでさえままならない。
動くこともできない私の顎にルーグさんの指が触れる。
これは、だめだ。
押しのけようとしても、ルーグさんはびくともしない。離してなんてくれず、ルーグさんは――私に、キスをした。
今度のそれは、今までのような触れるだけのものなんかじゃなかった。何もかもを奪いつくすような、そんな、深いキス。
どれだけでも続けられるそれがようやく終わりを迎えた時には、私は自立さえできなくなっていた。
「冗談だなんて、言わせません。――本気で、あなたが好きなんです」
朦朧とした意識の中で、ルーグさんがそう囁いた。




