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倒れこんだせいでぶつけたあちこちが痛い。それでも起き上がってルーグさんたちの方を見れば、怪我はしていないようだけど土に塗れたりしているのが見えた。
「ちょっと、いい加減にしてよ!」
ドラゴンに向かって怒鳴りつける。頭に血が上っているドラゴンは私の怒鳴り声に耳を傾けたりはしない。それが余計に腹立たしかった。
小鳥たちは依然として寄り添いあってもこもこ蠢いている。
もう一度、飛び降りられないかと下を見てみる。やっぱり高い。飛び降りるには厳しかった。
ドラゴンがまた咆哮を上げる。最初よりも大きなそれはびりびりと空気を震えさせた。森の鳥が慌てて飛び去っていく。小鳥たちがびくりと震えたのが見えた。
こういうとき、意思の疎通ができないのは不便だ。会話もままならないから何に怒ってるのかもわからない。
「さつき様―!ご無事ですかー!?」
ルーグさんが叫ぶ。私の無事より自分たちの身の安全を気にして欲しいというのが本音だ。心配してもらえるのは嬉しいから無事だってちゃんと叫び返すけど。
「いいですか、さつき様!必ずお助け致しますから、絶対に無茶な真似はなさらないでくださいね!」
絶対ですよー!!と繰り返して叫ぶルーグさんは、正直緊張感とかそういうものに欠けていると思う。ていうかそんなに言わないでよ、どんだけ信用無いの、私。ちょっとへこんだ。
そんなやり取りの間にもドラゴンは警戒を緩めることはしなかった。私や小鳥たちを手の中に抱え込んで、もし誰か一人でも近づこうものなら噛み付いてやると言わんばかりに鋭い牙をむき出しにしている。
そこで、ふと気がついた。
「これ、もしかして守られてる?」
そう考えたら、なんとなくしっくりきた。私を守ってるのかどうかはわからないけど、今は置いておこう。私を除いたとしても、少なくとも小鳥たちはドラゴンにとっての保護対象に含まれているだろう。
小鳥たちを、よくよく観察してみる。小さいこの子達はふわふわの柔らかい羽毛に包まれている。手を伸ばして触れてみれば、見た目のままの感触が手のひらを刺激した。
ドラゴンをもう一度振り仰いで見る。守っているという先入観からだろうか、大きさも何もかもが違うのに、ドラゴンが母親のように見えた。
思い切ってドラゴンの表皮を叩いてみる。痛かったけど、何度か続けているうちにやっとこっちを向いた。
「ルーグさん、悪い人たちじゃないよ」
ぐるる、とドラゴンが鳴いた。ひょっとして、ちょっとは話を聞いてくれているのだろうか。
前足を持ち上げたドラゴンは、自分の顔の前に持ってきて、またぐるると鳴いた。
後ろからルーグさんの悲痛な声がした。
「私、帰りたい」
ドラゴンは何も反応を示さない。唸ることも暴れることもしないで、大きな目でじっと私を見る。なんとなく、見極められているような気がした。
このドラゴンが、小鳥たちがどうして人間を警戒するのかなんて私は知らない。どうして私は警戒されないのかなんて、そんなこともっと知らない。
でも、それでも私の今の立ち居地は有用なもののはずだ。
「あそこから連れ出してくれて、ありがとうね」
きっと私一人ではいつまでた経ってもグランのところから抜け出せなかっただろう。
でも、ここまでだ。だって、私が帰りたかった、会いたかったあの人は、いますぐ近くにいるんだから。
「君たちは、さ。人間が嫌いなのかもしれないけど。でも私だって人間だし、君たちのこと好きだと思うよ」
助けてもらった身の上で、嫌うなんて恩を仇で返すようなことをするつもりはない。私に対しては、このドラゴンも友好的だったんだから尚更だ。
ぐる、とドラゴンが小さく鳴く。少しは落ち着いたのか、静かだった。
手を伸ばして、鼻の辺りを撫でてみる。ごつごつした革は、ちょっとだけ温かかった。
もこもこと毛玉になっていた小鳥たちが足元に集まってくる。すりすりと体をすり寄せてきて、私も随分懐かれたもんだとなんだか笑えた。小鳥たちも一匹一匹撫でてやる。零れ出る鳴き声が嬉しかった。
「私、帰るよ。だから、君たちももうお帰り」
ここまで送ってくれて、ありがとう。
ドラゴンはどうしようか迷っていたみたいだけど、ややあって私を下ろしてくれた。ゆっくりと前足が地面に下ろされて、厚み分の高さをぴょいと身軽に飛び降りた。
ルーグさんが私を呼んだ。がっちゃがっちゃと金属音がしたのをドラゴンがギロリと睨んで牽制する。暴れられるよりはマシだけど、苦笑は禁じ得なかった。
「また会えたら、今度は遊べたらいいね」
なんて言っても、通じてるのかはわからないけど。通じていたらいいなと思う。
ドラゴンが大きな翼をはためかせる。砂埃が勢いよく舞って、それから抜け出すように飛び上がった。庇うように誰かに強く抱きしめられて、懐かしい匂いにそれがルーグさんだとわかった。
ドラゴンは振り返ることもなく、大きな体は次第に小さくなって、見えなくなった。
「さつき様」
憔悴しきった声が私を呼ぶ。鉄は冷たくて硬いのに、なんだか胸のあたりがポカポカして心地よかった。抱きしめたまま緩むこともない腕に手を添えて、はぁい、なんて暢気に返事した。
「ただいま、ルーグさん」
返事は貰えなかったけど、より強く抱きしめられた。
うん、やっぱりここがいいな。そう思った。




