第1話
ばっさばっさと翼が風を押す音が凄まじい。時折グルグルと喉を鳴らすのを聞いて、ドラゴンって何科なんだろうとぼんやり考えていた。
ドラゴンにまで誘拐された私は、もうかれこれ……というほどでもないけど、短くもない時間空を飛んでいる。
下をうっかり見てしまうと意識が遠のく。そのくらい高いところにいる私は防寒装備も風対策もしていない。
原付の速度でも風で肌を切るとかっていうのに、どうして無防備な私が寒いとも思わず、風で肌を切ることも無いのかというと、速度が緩やかってこともあるけど、なにより、しっかりドラゴンの手の中に鎮座しているからだ。
水を掬ったりする時のように手ーーこの場合は前足だけどーーを受け皿にしているから、向かい風の大半は防がれている。それに小鳥たちがもっふもっふと私の周りに群がって天然羽毛防寒具になってくれているから暖かい。そして可愛い。
そうそう、このドラゴン、敵とか悪役とかでは無いっぽい。だってこのドラゴン、見るからに小鳥たちに友好的だし。小さくてコロコロしてるこの仔たちなんてすぐに転げ落ちそうなのに、一度としてそれが起きていないということはどう考えても慣れているからこそだよね。
図体の大きいやつにちっちゃくてふわふわしたのが構ってと戯れているのが本当に可愛い。癒される。
ーーーまあ、所詮は現実逃避なんだけれど。
ドラゴンに誘拐されてから、どれだけの時間が経ってるのかなんてわからない。精々結構な距離を移動しているはずだろうことくらいだろうか。
なのにドラゴンは一向に下降する気配も無ければ、目的地がどこなのかもわからない。
ドラゴンの手の中から見える崖は小さくなったかと思えば遠くなって、距離感が余計わからなくなる。
「ねぇ、どこに向かってるの?」
とりあえず聞いてみる。
グル?とドラゴンがこっちを見た。これは聞き返しの反応なのか、それとも理解不能の反応なのか。どちらにも取れるから決め難い。
どうしたものかと思い悩んでいると、ドラゴンが急に方向転換した。勢いを殺しきれずに指に体をぶつける。頭ぶつけた。痛い。
「なんなの!?」
急ハンドルは事故の元!とぶつけたところを摩りつつドラゴンを見上げる。
ドラゴンは、どうしてか険しいーー敵を睨む野生獣の目をしていた。
ギロリとした爬虫類の目。牙を剥き出しにして、何かに敵意を向けている。
低い唸りを聞きながら、手指の間から様子を覗き見る。相変わらず高い現在地は山を遙かに見下ろしている。
ぞくりと背筋が冷えた。
右も左も見渡して、山と山の間に異質なものを見つけた。
長い鈍色の列。よくよく見ると動きには僅かに個体差があり、旗を掲げている。人間の団体。軍だ。
ドラゴンは軍隊に対して敵意を向けていた。
「なんで……何処に?」
ドラゴンは軍隊の頭に向かって飛びだした。
軍隊の一部が大きな影に気づき、上を見上げているのか小さく肌色が見えた。動揺が伝わってか肌色が増える。
ついに先頭にまで伝わった頃、ドラゴンは速度を上げて軍隊を追い越した。




