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カチャカチャと陶器の重なる音が小さく響く。
壁のない空間は吹き渡る風を遮ることなく通して、木の葉が揺れるたびに木漏れ日が形を変えた。すぐ近くでは鳥の囀りも聞こえている。
注意を庭園へと向ければ目の前の垣根には綺麗な白薔薇が咲き誇っているし、その奥には赤い薔薇のアーチも見える。さらに奥には温室のようなものも見える。
そんな、のどかな光景。
……………なのに。
「……………」
「……………」
「……………」
無言。沈黙が痛い。
急遽乱入してきたグランはともかくとして、いつもおしゃべりの相手をしてくれていたシエラまでが何も話さない。当然、私も話種なんてあるはずもなく、だんまり。
こんなに楽しくないお茶会初めてだよ。ひっそりと溜息を吐いてお茶請けに出されたチーズタルトを一口食べた。滑らかな舌触りの濃厚なチーズと少し固めに焼き上げられたタルト生地が味覚だけでなく食感でも楽しませてくれる絶品スイーツ。
なんだけど、空気がまずくて、美味しいのに美味しく感じられない。
「あのさ、あんたなんでいきなり来たの?」
何か話すでもなし、飲み食いはしてるけどそんなのわざわざ庭に出てまですることでもないでしょ。
思ったままをそのまま口に出せば、グランは否定しなかった。これはもしや気まぐれとう大義名分のもとの嫌がらせなのではとも思ったが、そうでもないらしい。嫌だとを顰めるよりも前に「たまには悪くないだろう」と事も無げに言われて、毒気を抜かれてしまった。
気分転換したくなるほど疲れるようなことでもあっただろうか。それとなくグランの様子を窺ってみると、木陰にいるせいではっきりとは見えないが確かに目の下に隈ができていた。心なしか、目も翳むのかもしれない。瞬きが多いように思える。
夜更かし、その上目を酷使しただろうことはすぐにわかった。
「疲れてるならなおさらなんで来るの。こんなことしてる余裕あるなら少しでも寝ればいいのに」
グランはじろりと睨んできたけど気にしない。仕方ないとあからさまに溜息を吐いた。
「シエラ、まだお湯って残ってる?」
「は……ええ、はい。ですがもう大分冷めてしまって」
「ん、どれどれ?」
シエラの持っていた薬缶を受け取って、少し指先に掛けてみる。熱湯とはいえない、ぬるま湯よりも温かいそれによしよしと頷いて、私は手袋を取ってそれにお湯をかけた。
「えっ、さつき様!?」
何をなさっているんですかとシエラの咎める声に、ただ一言「応急手当」と答える。しっかりとお湯を含んで温まったそれを絞って水気を取り、つとグランへ向けて差し出した。
「………何のつもりだ」
「だから、応急手当。目が翳む、眩しいのが辛い、乾く、この症状に覚えは?」
「………………」
だんまり、か。無言は肯定と受け取りますよ。理解を得ないグランの顔にべチンと濡れ手袋を叩きつける。
もちろん顔、特に目の辺りを狙って、だ。
突然のことに驚いて体を強張らせた隙に、ぐいぐいとそれを押し付ける。
「ばっかだねぇ、疲れ目にはホットマスクだよ。ほら、自分で押さえて」
有無を言わさず動かせば、そのうちに効果が出てきたようでグランは文句を言うこともなく大人しく従った。
「効くっしょ?」
「……悪くはない」
素直じゃない返事に、思わず笑った。数歩離れたところではシエラも静かに肩を揺らしていた。
グランは素知らぬふりをしてるつもりなのか何も言わなかったけど、耳が少しだけ赤みを増していた。




