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「さあ、さつき様。まずはお顔を冷やしましょう。せっかくお美しいのに赤く腫れて……なんてこと……」
ああと大袈裟に嘆息して、シエラが私の頬に手を添える。ピリピリして痛いけど、触れられている感覚に安心した。
ゴソゴソとシエラがエプロンの中から黒くて薄いプラスチック板のような物を取り出した。手のひらに収まるサイズのそれに、まさか噂に聞く富裕層が使うと言うクレジットカードかと勘繰って、くだらない発想に自分で笑ってしまった。
シエラは何をいきなりと不思議そうにしていたけれど、その手は迷うことなくブラックカード(仮)を、ぱっきりと二つ折りにした。
「え!?折るの!?」
使えなくなっちゃうじゃん!と騒ぐ私に、これはこうしないと使えないのだとシエラが優しく教えてくれた。
「どうぞ、触ってみてくださいな。どんどん冷えていくでしょう? ブラックカードと言って、携帯用の保冷剤なんです」
「へ、へぇ……」
どうやらブラックカード(仮)は本当にブラックカードと言うらしい。仕組みは……ライブとかでよく見るケミカルライトみたいなものかな?
本当に保冷剤になったブラックカードを頬に当てる。冷たすぎて少し痛いけれど、しっかり冷やさないといけないから我慢した。すると、シエラが直接だと痛むだろうからとハンカチを貸してくれて、それでブラックカードを巻いてくれた。少しクッションをいれるだけで大分緩和された鋭い冷たさにホッとする。
「さつき様、逃げるならまずは英気を養いましょう。何事にも準備というものが必要です。今は逆らわず大人しくなさって、力を蓄えましょう。もしかしたら、その成り行きで旦那様も油断なさるかも……」
「うん……うん、そうだね。わかった。しばらくは大人しくしてる」
シエラの言葉に頷くと、シエラはすごく嬉しそうにした。辛い時ほど、親身になってくれる人の大切さがよくわかる。
今は、シエラの言う通り大人しくしていよう。見張りらしい見張りはいないから、筋トレとかして体力をつけようと決めた。
「さつき様、一緒に頑張りましょうね。いつかきっと、外へお連れ致しますから」
「うん、頑張るよ。ありがとう、シエラ。シエラがいなかったら、私……」
「大丈夫ですよ。私はこうしてさつき様のお傍におりますもの。ご安心くださいませ」
ね?とシエラが私の頭を抱えるように抱きしめた。私とそんなに年変わらないと思うのに、先を示してくれるシエラはお姉さんみたいだ。
シエラから漂う甘い香りにクラリとして、気が抜けたのか安心したからか眠気が襲ってくる。
「あら、眠られますか?でしたらベッドへ参りましょう」
優しい声が頭に響く。答えたいのに、急速に増していく眠気に逆らえない。
ごめんね、シエラ。でもすごく眠いんだよ。
遠のいていく意識の中で最後に聞いたのは、シエラの「おやすみなさい」だった。




