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「天女と言えども所詮は女か。つまらんな……いや、泣き喚かないだけまだマシか」
「っ!?」
いきなり声がして飛び起きる。
ドアの所に、男の人が一人。20代後半くらいかな、この世界の住人らしく異様に高い顔面偏差値。でも、一目見てこの人は嫌だと思った。
シルバーブロンドの髪と、氷のように冷たい青い目。 無愛想な表情。どこか見覚えがある面差しだ。
「……あなた誰?ここどこ?」
声を押し殺して問いかける。相手は疎ましそうに顔を顰めたけど、睨み合いの末にようやく口を開いた。
「私はグラン=レオハルト伯爵。ここは私の屋敷だ。……ああ、もうすぐお前の屋敷にもなるな」
「は?私の?何それ、どういうこと?」
「五日後、お前は私の妻になる。それが済めばこの屋敷はお前の物にもなる」
「はあ!?」
何言ってんのコイツ!妻?誰が?私が!?
冗談じゃない!!
「誰がアンタなんかと結婚するか!お、こ、と、わ、り、よ!!」
変な妄想しないでよ!八重歯まで剥き出しにして怒鳴りつける。それをグランは煩いと一蹴した。
「お前の意思など関係ないな。これはもう決まったことだ。お前はこのレオハルト伯爵家に嫁ぎ、この家に栄光を齎す。そのための婚姻だ」
「だから断るって言ってるでしょ!私は物じゃないし、栄光呼ぶなんてできない!それに、お生憎様だけど、私にはもう好きな人がいるの!」
「ルーグ=カルヴァン、か?」
言い当てられて思わず口を閉ざす。そんな私をグランは嘲笑った。
「愚かだな」
グランが徐に近づいて来る。そして私の腕を乱暴に捕らえて、ベッドに引き倒した。
衝撃にスプリングが軋む。
声を出す間もなく、口を口で塞がれた。
こんなのはキスじゃない。暴力と大差ない。
言葉だけじゃない、呼吸まで奪うかのようなそれに息苦しくなるけど、せめて心は負けてたまるかと強く睨む。
グランの目が面白いと眇められた。
「っん……ぅんん………っ!!」
ぬるりと不躾に差し込まれた舌が口の中まで蹂躙してくる。嫌悪感しか生まないそれを思い切り噛んだ。口中に血の味が広がった。
解放された瞬間、ばしんと肌を張る音がして、左頬が熱を持った。
グランの口の端からは僅かに血が滲んでいた。
「やってくれたな……」
不機嫌に見下ろしてくるグランを、今度は私が嘲笑う。
「舐めんじゃないわよ、バーカ」
言い切った直後に、またビンタを食らった。
「痛い目を見なければ自分の置かれている状況もわからないようだな」
「置かれてる状況?十分わかってるけど?
誘拐されて、監禁されて、わけわかんない理由で犯罪者と結婚させられそうになってるってね!この状況で抵抗しないわけないじゃん!バッカじゃないの!?」
また殴られるのを覚悟で言えば、今度は押さえつけてくる手に力が籠められた。ギリギリと音がするくらい強く握られてすごく痛い。声が漏れそうになるのをなんとか堪えて、グランを睨み続ける。
「なんとでも言っていろ、結果は変わらんからな」
「変わるに決まってるでしょ。大人しくしてるつもりなんてサラサラないから」
無言の睨み合いがしばらく続く。グランがかなり怒っているのがよくわかったけど、何を思ったのかグランは私の上から退いた。
「そう言っていられるのも今のうちだけだ」
せいぜい足掻いてみせろ。
そう言い残して、グランは部屋から出て行った。




