18
「さつき様は、不安なのですね」
話が終わった後にルーグさんがそう言った。
不安、そう不安だ。不安にならないはずがない。
言葉も無く頷いた私をルーグさんは優しく抱きしめた。そして、そのままゆっくりとベッドに倒れこむ。
あの日と同じような体勢。なのに、なんでだろう。あの時みたいに怖くない。包み込むようにされて、すごく安心する。
「……大丈夫ですよ。さつき様は、きっと帰れます」
「ほん、とに?ほんとに、帰れるのかな……」
甘い声で言われて、一番欲しかった言葉なのに疑ってしまう。
だって、私が私を信じられないんだよ。私が一番、私は帰れるって信じなきゃいけないのに。
本当に?ってどこからか声が聞こえてきて、それに即答できなくて。何度自分に言い聞かせても、その度に怖くなる。
私の心境を知らないルーグさんは、だからか大丈夫だと繰り返す。
「さつき様がご自分を信じられないなら、私がさつき様を信じます。だから、大丈夫ですよ」
寝物語を紡ぐような穏やかな声が響く。大きな手で私の頭を撫でて、その指で私の髪を梳く。
「怖いよ……」
「何が?」
「独りに、なるの……怖い………」
私が不安を漏らせば、ルーグさんはそれにも大丈夫だと言った。少し離れていた体を引き寄せられて、目蓋の上に優しくキスされる。親が子供にするような優しい感触にふっと心が軽くなった。
「大丈夫ですよ、さつき様は独りになんてなりません。きっと帰れます。もし帰れなくても、私がお傍におります。だから、大丈夫ですよ」
ルーグさんの言葉がどこまでも甘く、優しく、私の中に染み込んでくる。どうしてルーグさんは私が欲しい言葉ばかりくれるんだろう。
堪らなくなって、私はルーグさんの胸板に額を押し付けた。
ルーグさんは何も言わない。無言のまま、私の甘えを許してくれた。
「さつき様」
お菓子みたいな声で名前を呼ばれる。ちゅっ、て音を立てて頬に触れられて、嬉しいのと同時に切なくなった。
前よりも強くパトリシアの気持ちがわかる。きっと彼女も私と同じ気持ちになったはずだ。
「ルーグさん……」
「はい、さつき様」
「ルーグさん、ルーグさん、」
「大丈夫ですよ、私はここにいます。さつき様のお傍にいますよ」
何度も何度も呼ぶ私を安心させるために、ルーグさんが私を抱きしめる腕の力を強くする。 それにまた嬉しくなって、哀しくなった。
ねぇ、パトリシア。あなたもこんな気持ちだったんだね。……ううん、きっとあなたの方が強かったかもしれない。
でもね、パトリシア。私はあなたが、すごくすごく羨ましいよ。羨ましくて、妬ましいんだ。
「……ルーグさん」
また名前を呼ぶ。ルーグさんがはいと応えて、また私の頭を撫でて、髪を指の隙間に通す。
ごめん。ごめんね、ルーグさん。ルーグさんが、私のことなんて何とも思ってないことくらい、わかってるよ。私にパトリシアを重ねて、それで優しくしてくれてるんだって、ちゃんとわかってる。わかってるのに、どうしようもないの。
顔を見られたくなくて、隠すように強く押し付ける。
バカだな、私。本当にバカだ。パトリシアに文句なんて言えないよ。
帰りたいのに、帰らなきゃいけないのに。
別れなきゃいけない人を、好きになっちゃったんだから。




