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異世界で恋に落ちました  作者: 藤野
第五話
51/134

18

 「さつき様は、不安なのですね」


 話が終わった後にルーグさんがそう言った。

 不安、そう不安だ。不安にならないはずがない。

 言葉も無く頷いた私をルーグさんは優しく抱きしめた。そして、そのままゆっくりとベッドに倒れこむ。

 あの日と同じような体勢。なのに、なんでだろう。あの時みたいに怖くない。包み込むようにされて、すごく安心する。


 「……大丈夫ですよ。さつき様は、きっと帰れます」

 「ほん、とに?ほんとに、帰れるのかな……」


 甘い声で言われて、一番欲しかった言葉なのに疑ってしまう。

 だって、私が私を信じられないんだよ。私が一番、私は帰れるって信じなきゃいけないのに。

 本当に?ってどこからか声が聞こえてきて、それに即答できなくて。何度自分に言い聞かせても、その度に怖くなる。

 私の心境を知らないルーグさんは、だからか大丈夫だと繰り返す。


 「さつき様がご自分を信じられないなら、私がさつき様を信じます。だから、大丈夫ですよ」


 寝物語を紡ぐような穏やかな声が響く。大きな手で私の頭を撫でて、その指で私の髪を梳く。


 「怖いよ……」

 「何が?」

 「独りに、なるの……怖い………」


 私が不安を漏らせば、ルーグさんはそれにも大丈夫だと言った。少し離れていた体を引き寄せられて、目蓋(まぶた)の上に優しくキスされる。親が子供にするような優しい感触にふっと心が軽くなった。


 「大丈夫ですよ、さつき様は独りになんてなりません。きっと帰れます。もし帰れなくても、私がお傍におります。だから、大丈夫ですよ」


 ルーグさんの言葉がどこまでも甘く、優しく、私の中に染み込んでくる。どうしてルーグさんは私が欲しい言葉ばかりくれるんだろう。

 堪らなくなって、私はルーグさんの胸板に額を押し付けた。

 ルーグさんは何も言わない。無言のまま、私の甘えを許してくれた。


 「さつき様」


 お菓子みたいな声で名前を呼ばれる。ちゅっ、て音を立てて頬に触れられて、嬉しいのと同時に切なくなった。

 前よりも強くパトリシアの気持ちがわかる。きっと彼女も私と同じ気持ちになったはずだ。


 「ルーグさん……」

 「はい、さつき様」

 「ルーグさん、ルーグさん、」

 「大丈夫ですよ、私はここにいます。さつき様のお傍にいますよ」


 何度も何度も呼ぶ私を安心させるために、ルーグさんが私を抱きしめる腕の力を強くする。 それにまた嬉しくなって、哀しくなった。


 ねぇ、パトリシア。あなたもこんな気持ちだったんだね。……ううん、きっとあなたの方が強かったかもしれない。

 でもね、パトリシア。私はあなたが、すごくすごく羨ましいよ。羨ましくて、妬ましいんだ。


 「……ルーグさん」


 また名前を呼ぶ。ルーグさんがはいと応えて、また私の頭を撫でて、髪を指の隙間に通す。

 ごめん。ごめんね、ルーグさん。ルーグさんが、私のことなんて何とも思ってないことくらい、わかってるよ。私にパトリシアを重ねて、それで優しくしてくれてるんだって、ちゃんとわかってる。わかってるのに、どうしようもないの。


 顔を見られたくなくて、隠すように強く押し付ける。


 バカだな、私。本当にバカだ。パトリシアに文句なんて言えないよ。

 帰りたいのに、帰らなきゃいけないのに。



 別れなきゃいけない人を、好きになっちゃったんだから。

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