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「っぅ………」
ぼんやりと目を開けると、今はもう見慣れたベッドの屋根が視界に飛び込んできた。薄暗い室内のどこからか差し込む橙色の光のお陰ではっきりと視認できるそれに、寝ちゃってたんだって思い出した。
もぞもぞと体を動かして、上半身だけを起こす。キョロキョロと見回して、やっとこのベッドが自分に与えられた部屋のそれではないことに気がついた。
橙色の光は執務机に置かれたランタンから漏れ出ていて、その光を頼りにルーグさんがかりかりと角ペンを弾かせていた。執務中だからかシルバーフレームの細い眼鏡を掛けたルーグさんに思わずドキリとしてしまう。
目が疲れたのか深く息を吐いて目頭を抑えたルーグさんが、私が起きたことに気がついた。角ペンを置いて、重厚な作りの椅子から立ち上がる。
「調子はいかがですか?」
辛いところは?お腹はすいていませんか?
あれこれと気を使ってくれるルーグさんに、まとめて大丈夫だと伝えれば、彼は良かったと安心したように笑みを漏らした。
ベッド脇までやってきたルーグさんが、そのままベッドに腰掛ける。手を伸ばして額に触れてきて、熱は無いようですねと確認してからそれは離れていった。
「やはり庭とはいえ、誰か案内を付けるべきでしたね……」
気が回らなくてすみません、と申し訳ないと謝るルーグさんに慌てて首を振る。
勝手に出て行ったのは私なんだから、悪いのは私のはずだ。ルーグさんが謝る理由なんてどこにも、ひとつもない。
そう訴えれば、彼はそれでも怖い思いをさせてしまったから、と謝罪を撤回してはくれなかった。
ルーグさんの手が私の頬に添えられて、親指がそっと目尻をなぞる。
「腫れてしまいましたね……何か冷やすものを持って来ましょうか」
「大丈夫ですよ、このくらい。すぐに引きます」
優しい申し出を遠慮しながら、そういえば泣いたんだったと思い出した。
うわぁ、思い出したらすごく恥ずかしい……。大学生にもなって、子供みたいにわんわん泣いちゃったよ……。しかも、迷惑にしかならないようなことまで口走っちゃったし。
後悔にずんと頭が重くなる。
ルーグさんは、どう思ったんだろう。やっぱり、迷惑って思われたかな。甘ったれとか、情けないとか?何にしろ、良く思われてるわけないよね……。
どんどん重くなる頭と心に自然と視線が下がる。ルーグさんの顔がまともに見れなくて、どこに目を向けても落ち着かなくて忙しなく目をうろうろさせる。ルーグさんは、私の頬に手を添えたまま離さなかった。
「あ、の…ルーグさん……?」
「はい、なんですか?」
いやね、なんですか?じゃなくってね。
「手…離して貰えませんか?」
「嫌です」
きっぱり言い切られた。そうくるとは思ってなかったから咄嗟に言い返せない。どうしようと困っていると、ルーグさんがもう片方の手も添えてきて、優しく顔を上げさせられた。
ルーグさんの目と私の目がかち合う。ルーグさんの目は、真剣な光の中に悲しげな色を微かに滲ませていた。




