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普段怒らない人が怒るとものすごく怖い。そして質が悪い。ルーグさん……はちょっと微妙だけど、とりあえず彼とエリザさんは普段穏やかで気さくな人たちだ。そうそう怒るようなイメージはなかったのだけど、現在私は二人の怒りもとい優しさに苛まれております。
「いいですか、さつき様。何度でも申し上げますが、仕事にしろ何にしろ、資本となるのは体なのです。肥え太れとは申しません。ですが、せめてあと10kgは体重を増やしてください」
「同じ女性として、肥満が気になるお気持ちはよくよくわかります。ですが、痩せすぎというのもいけません。健康に障りがございます。よろしいですか、何事にも限度というものがあるのです」
つらつらと二対一での健康講座は、二人がなにより心配してくれているのが私の健康だから余計に言葉が刺さる。貫かれる。本当に申し訳ない限りです。ただしルーグさんの言葉は断固拒否します。この世界では軽くても本来は私平均的体重なので。10kgも太ったらデブです。ぽっちゃりなんて通り越します。そんなのやだ。
主にエリザさんの言葉にしょぼくれる私に、二人は怒っているのではありませんよ、と一時攻撃の手を緩めてくれた。
うん、よくわかってる。二人は本当に私のことを心配してくれてるんだって。だからこそ、抉られた傷口に塩が塗り込まれているわけで、そのせいで私は未だに二人に重力云々について一言も言えないでいるわけで。
ローザさんも物言いたげにしているから、口を挟もうものなら今度は三方向から怒られるだろう。それは御免蒙りたい。
仕方なく殊勝に小言を受けていると、さすがに二人はようやくだが落ち着いてきたらしい。仕方ないと揃って息を吐いた。
「反省なさっているようですし、これ以上申し上げるのは控えましょう。ですが、本当にお体をご自愛くださいね?」
ルーグさんの手が頬に触れて、するりと滑る。悲痛というのか、泣きそうな顔で懇願されては頷くしかなくて、火照る顔で頷いてようやく、彼は安心したように表情を崩した。
離れて行くルーグさんの顔。後ろに視点をずらせば、エリザさんもローザさんもやれやれと少し呆れていた。
「ごめんなさい……でも、本当に私、元気ですよ。元気だけが取り柄ですから」
これでも健康優良児で、風邪も滅多にひかないんですよ、と主張すれば苦笑された。あ、これ信じてくれてないな。
むっと唇を尖らせて拗ねてみせるが、さすがに子供っぽいかと思い直して辞める。
呆れられてないかな。
ちらりと上目にルーグさんを盗み見ると、ルーグさんは固まってた。ぴきって。さすがに幼稚すぎたらしい。自覚して一気に恥ずかしくなった。
「と、とにかくっ!私、本当に健康そのものなので!ご心配ありがとうございました!」
早口に捲し立ててその場から逃走。あ、ちょうどいいからこのままランニングに出よう。体重やっぱり気になるし。
エリザさんとローザさんが止めているのを背後に聞きながら、走るのって気持ちいいと運動部染みたことを感じた。
「くっ……あんな可愛らしい顔、反則ですよ……っ!」
ルーグさんが顔の下半分を押さえながらそんなことを言っていたなんて、私には知る由もないことだ。




