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少しして、ちょっとは落ち着いてきたかな、って時にドアをノックする音が聞こえた。誰かと思ったら、仕事がひと段落着いたのかちょっと疲れた様子の、でも同じくらいホッとしてもいるルーグさん。
「さつき様……」
顔をあわせてすぐ、ルーグさんの顔が顰められる。え、私何かしたっけ?
びっくりする私に向かって、ルーグさんはつかつかと来る。それから私の顔を両手で包んで、まじまじと見つめてきた。
息がかかってしまう、呼吸音が聞こえる距離にある、綺麗な顔。碧の目が、伏せがちな瞼とそれを縁取る長い睫毛で翳る。寄せられた眉間は悩ましげで、何かを堪えているようだった。
「……ローザ、さつき様に何をした」
今までに聞いたことがない低い声で唸るルーグさんにビクリと体が跳ねた。
怒ってる。何でかわからないけど、すごく怒ってる。
戸惑う私の頬をするりと滑ったルーグさんの手は、それから目の近くまで来て止まった。
「少し赤くなってますね……泣いたんでしょう、ローザに何か言われましたか?」
決めつけるルーグさんに、それは違うと首を振る。ローザさんは怒られるようなことなんて何もしてない。
私の弁解は、けれどルーグさんには私がローザさんを庇っているようにしか思えないようで、否定すればするほどルーグさんの目は鋭くなって、雰囲気は剣呑さを増した。
ずっと穏やかで優しい人だと思ってただけにギャップが激しい。ルーグさんの怒りは私に向けられてるわけではないのに、怖くて仕方が無い。
どうしよう。どうしよう、どうすればいい?
考えようにも混乱した頭じゃ思考なんてまとまるはずが無くて、結局は、違う、誤解だとしか言えなくて、情けなくて泣けてくる。
「ああ、泣かないでください。大丈夫、もう怖いことなんて何もありません。嫌なことなんて何もありませんよ」
「だから、違うんですっ!私、嫌な思いなんてしてない!」
どこまでも優しい言葉は、だけど余計に私を焦らせる。
何度も違うって言ってるのに、どうして聞いてくれないの。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって、どんどん理性の糸が擦り減っていく。涙腺はとっくに決壊して、ボロボロと子供のように泣いている。
「っも、やだぁ……!」
ルーグさんの手を振り切って、ぎゅうっとローザさんに抱きつく。細い体からは花の香りが優しく広がって、それにもまたボロボロと泣いた。
「さつき様!?」
「ローザさん、なんにもわるくないのに…っ!」
ローザさんは何も悪くない。私が考えなしだっただけで、泣いたのだって自業自得。なのになんでローザさんを怒るの。違うって言ってるのになんで聞いてくれないの。
もうやだ。やだよ。
「ルーグさんなんかきらい…っ!」
吐き出すように言えば、ローザさんが焦ったように私を呼んだ。落ち着いてください、って宥めてくるけど、感情の昂ぶった私は嫌だと首を横に降り続け泣き続けた。
もう嫌だ。何も見たくない、聞きたくないと、見ることも聞くことも拒む。
だから、気がつかなかった。
ルーグさんの雰囲気が、表情が、がらりと変わったことに。事態が豹変したことに。




