第1話
正直、意外だった。私の中でのパトリシアは、高飛車だとか、尊大だとかって印象が強かったから。
でも、だからだろうか。
聞き終わった今、涙が止まらないのは。
小説とかドラマでもよく見る展開、ありふれたラブストーリー。なのに、どうしてだろう。涙が次から次へと溢れてくる。
「さつき様、ああ、そんなに強く目を擦られては赤くなってしまいますわ」
ごしごしと目元を擦っていたのを、手首を優しく包まれて止められる。その温かさに余計涙が止まらなくなった。
私、馬鹿だ。
どうして忘れてたんだろう。忘れちゃいけないことなのに。パトリシアは元の世界へ帰ったって、初めから知っていたのに。そんな彼女の恋愛が、ハッピーエンドで終わるはずかないって、どうして気づかなかったんだろう。
悔やんでも悔やみきれない。泣き続ける私にローザさんは優しく背を摩ってくれる。
「ねえ、パトリシアとジャンさん、その後どうなったの?」
聞いたのは、せめてもの救いが欲しかったから。短い時間だったとしても、その時間を幸せだと思える恋だったと信じたかったからだ。
「周囲の反対が強かったそうです」
淡々と告げられた言葉にまた涙が溢れた。聖人と崇められたとはいえ、身元のわからない人間に変わりない。あるいは、聖人と釣り合わない人間だとジャンが批難されたのか。
どちらにしろ、祝福されなかったのかとより心を抉られた。
さっきから墓穴を掘ってばかりだ。自嘲の笑いさえ浮かばない。
「聖パトリシア様が元の世界へお帰りになってから、ジャンは再婚せず、愛人も作らなかったそうです」
聞きたくなかった続き。俯いて首を振って、耳を塞いで拒んでも、ローザさんの声が私の鼓膜を震えさせた。
「二人は生涯を共にすることはできませんでした。……………でもね、さつき様。二人の愛は確かに実を結んで、今もなお、それは続いているんですよ」
言ったでしょう?“再婚”しなかった、って。
「っぇ……?」
少しだけ顔を上げた私に、ローザさんが笑いかける。
「ジャンのフルネームは、ジャン= ヴァルガンと言うんです」
「ヴァルガン?でも、それって……」
「そう。ジャンは、このヴァルガン伯爵家の初代当主様ですわ」
ふふ、といたずらが成功した子供のように笑みを漏らすローザさん。私はぱちくりと瞬きした。
「お二人が寄り添えた時間は確かに短かった。でも、その短い間に、二人は子供という宝を得ることができました」
その子供の成長を見守れたのは、僅かに3年。それでも、ジャンは家族三人で過ごせた短い時間を至福の時と手記に遺した。幼い内に母と生き別れたその子も、最期まで母に敬愛と感謝の念を抱き、自分の子供--つまりパトリシアの孫に、彼女がどれほど優れた女性であり母であったのかを語ったという。
「泣き止んで、目元を冷やしましたら塔へ参りましょう?ほら、そこの窓からも見える塔。あそこには、三人の肖像画がありますのよ」
「っ、うん……!」
私は何度も首を振った。その度に涙が散らばって落ちて、あらあらとローザさんが困ったように笑って、私もそれに笑い返した。




