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どのくらいそうしていたのかわからない。
ようやく解放された時にはパトリシアの体はすっかり力が入らなくなっていた。
そんな彼女を支えるようにジャンが細い体を引き寄せ、自分に凭れさせる。
「好きだよ」
耳元で囁けば、パトリシアの体が大きく跳ねた。ジワジワと耳まで赤く染まっていくのがわかる。抱きしめれば、その勢いはさらに増した。
体温の上昇に合わせて、彼女の香りがふわりと立ち上る。
甘い、理性を溶かす匂い。
欲に呑まれそうになるのを必死に堪える。
「……どうして……」
口を開いたパトリシアの声は震えていた。水気の滲む声。泣いているのだとすぐにわかった。
「私は、いつか、帰るのよ……」
生まれ育った元の世界に。
この世界から。
「なのに、どうして……っ」
紡がれる言葉が途切れる。パトリシアの細い腕が、小さな拳が振り上げられてはジャンの胸を叩く。力の込められていないそれは体に痛みなど感じさせない。ただ、心を激しく揺さぶってくる。
「わかってる」
ジャンは肯定した。
わかっている。彼女と自分は、文字通り“生きる世界”が違うのだと。突然現れた彼女が、いつの日か突然姿を晦ます--元の世界へ帰るということも。すべて、わかっている。
それでも、止められなかった。止める気すら、無くしてしまった。
それでもいいと、思ってしまったから。
「いつか別れが来るって、わかってる。それでも、その時まででもいい、貴女が欲しい。貴女の残り時間を、僕にちょうだい」
そして、もしも叶うなら、どうか忘れないで。いずれ訪れる別れの後で。僕のことを思い出して。
祈りにも似た懇願は、パトリシアの涙をさらに溢れさせた。
「バカね……ジャンは、大バカだわ……っ」
「バカでもいい。それでも、パトリシアが欲しいんだ」
もう一度、彼女の唇に自分のそれを重ねる。二度目のキスは、甘く切ない涙の味がした。




