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そんな、決して良いとはいえない出会い方をしたというのに、ジャンはパトリシアに恋をした。
なんで、と問われても答えられない。理由などないのだから。
ジャンはこの世界で普通の人生を送ってきた。崖の上に夢を馳せながら、研究に没頭しながらも淡く儚い恋をしたこともある。
ジャンから見て、パトリシアという女性は気が強いながらも平凡な女性だ。強がり、意地っ張り。そんな言葉の代名詞となりそうなくらいに気の強い彼女を、しかしジャンは好意的に見ていた。
怯えない日々をくれたから、というのも大きいかもしれない。けれどなによりも、パトリシアの豊かな表情や裏表のない性格がジャンは特に好きだった。
彼女の表情はすぐに変わってしまう。だから一秒でも目を逸らしている暇なんてなくて、目で追ってしまう。
思ったことは言葉を飾らずに口に出してしまう彼女を疎む人も少なくないけれど、高い知識を持ちながらもそれを鼻にかけることをしない彼女に誰もがどうしようもなく惹かれてしまう。
だからジャンは、今日もまた誘うのだ。
「ねえ、パトリシア。聖域に行きたいから着いてきてほしいんだけど」
「またなの?ジャンったら、あんな所のどこがいいのよ。私にはわからないわ」
珍しい植物があるからって頻繁に行き過ぎよ!
口では文句を言いつつも、仕方が無いわね、と受け入れてくれる彼女に、ありがとうと心の中でお礼を言う。素直じゃない彼女は、お礼も受け取ってくれないから。
「もう、何をニヤついてるの?崖の上に行くんでしょう、早く準備しなさいよ」
待たせないでよねと口を尖らせるパトリシアに、すぐ行くよと声を掛ける。
ああ、早く行きたい。誰の目も届かない、邪魔も入らない、彼女と二人きりになれる“聖域”に。
今日は泉の近くでのんびりしよう。彼女は、苛烈な性格のわりに静かな所が好きみたいだから。
喜んでくれればいいと、緩む口元を抑えられずにジャンは駆け出した。




