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ジャンの話すこの世界は、パトリシアの知る常識の範疇を超えていた。
何を言っているのかわからないと言うパトリシアに、ジャンは何故わからないのかがわからないと首を傾げた。知識の礎となる部分から異なるために生じるズレはそう簡単に修正が効く物ではない。
パトリシアは一時理解を後回しにすることを決めた。
ジャンは念願の崖の上に興奮しきりで、パトリシアの手を引っ張ってあっちへこっちへと探索の範囲を広げた。行く先々で見たことがないという植物に目を輝かせてサンプルを採取していく彼は子供のようだ。
「あなた、いったいいくつなの?もう少し落ち着いたらどうなのよ」
「僕?僕はもうすぐ二十歳だよ。そういうパトリシアは?」
「二十歳!?その見た目で!?どんなアンチエイジングよ……。あと、女性に歳を尋ねるなんて失礼よ」
ありえないわ!と驚くパトリシアにジャンはよく言われると軽く笑った。
今年二十歳だというジャンは、パトリシアの目にはどう見ても十五、六歳ーージュニアハイスクールに入ったばかりのように映っていた。五つも下に見える彼の童顔はパトリシアには羨ましいと思えるものだった。
一方で、ジャンは幼く見られがちな自分の顔が好きではないらしい。先程までははしゃぎにはしゃいでパトリシアを振り回していたというのに、今では悲しげに肩を落とし、進む早さも落としていた。
あまりの落差にパトリシアもさすがにしくじったと顔を顰めた。
ジャンの見た目もあって、自分が子供を虐めてしまったような錯覚に陥る。実際には歳の差など殆どないというのに。
「……二十二よ」
「え?」
「だから、二十二!私の……歳……」
何度も言わせないでよ!尻窄みになった言葉から一転吼えた彼女にジャンはぽかんと惚けた。しかしそれも、意味を理解してしまえば今度は笑いを漏らしてしまって、何を笑ってるの!とまた吼えられてしまった。
「君は、とても可愛い人だね」
思わずといった風に口から出せば、パトリシアは一気に顔を真っ赤に染めた。
いくらでも贈られたその賛辞に、どうしてこうも恥ずかしくなるのか。パトリシアにはわからなかった。
「っなんなのよ!あなたはとっても腹の立つ人だわ!」
噛み付くパトリシアの顔は変わらず赤くて、それが照れ隠しなのだとすぐにわかる。本当に可愛いとまた笑って、ジャンはまたパトリシアの白く細い腕を引いた。
「行こう!」
「えっ、あっちょ、っもう!」
走り出したジャンに着いて行くしかなくて、勝手な人と頬を膨らませる。それでも、パトリシアの足はジャンと同じ速度で動いていた。




