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「ちょっと、どこまで行ってるの!?行き過ぎよ、降りてきて!」
下から聞こえた先程の彼女の声にゆっくりと目を開く。
前後左右には何もない空中。下に目線を落とせば、長年焦がれ続けた崖の全貌があった。
鬱蒼と生い茂る木々。見たこともない果実を付けた果木。そして中心には、青々として日光を反射する一つの湖。
すぐには理解できなかった。これが現実なのかと自問自答した。軽い現実逃避の果てに、ふと思い出す。
「……あ、そうだ、彼女」
降りたいって言ってたな、と思い出してゆっくり下降していく。
彼女は遅いと腰に手を当ててむくれていた。
「もう、何やってるのよ。……まあいいわ。そんなことより、それだけ大きな鳥なら私を乗せても平気でしょ?一緒に下へ連れてって」
どこまでも高飛車な彼女に普段ならムッとするなり苦笑するなりしただろうが、未だ呆然としていてノロノロとした反応しかできない。彼女はそれを変なのと一瞥して、それからゆっくりとジャンの乗ってきた鳥に手を伸ばした。
「すごく大きな鳥ね、見たことないわ。何ていう鳥なの?」
「え?何って、 ベヌウ鳥だよ。そこら中にいるじゃないか」
何を言っているのかと言うジャンに、あなたこそ何を言ってるのと彼女が返す。
「こんな鳥見たことないわよ。それにベヌウ鳥ってアレでしょ?エジプト神話に出てくる不死鳥の名前じゃない」
「エジプト?それが何かは知らないけれど、ベヌウ鳥は確かに死なないよ。死んだとしても、すぐに生き返るからね」
「はあっ!?」
冗談言わないでよ!とヒステリー気味に喚く彼女に、本当にわからないとジャンは肩を竦めた。しかしそれは彼女も同じだった。
ベヌウ鳥なんてものを知っていてエジプトを知らないとはどういうことだ。そもそもエジプトは四大文明の起こった国として誰もが知る国である。それを知らないというのは何事だ。それが彼女の言い分だった。
彼女は自身の頭脳にも自信を持っていた。体が資本の彼女の職だが、それだけでなく馬鹿ではやっていけないというのが彼女の持論なのだ。その為に彼女はあらゆる分野に精通している。
そんな彼女の知るベヌウ鳥とは神話に出てくる存在、つまり空想上の生物であり、それが実在するなどということは考えたこともない。
頭部に生えた二枚の羽毛も、サギのような見た目も伝承に沿ってはいるが、そんなまさか。それが彼女の主観である。
「ねえ、君は誰?どうやってここに来たの?」
あ、僕はジャン。よろしくね。
彼女の困惑など知らないジャンに、へなへなと体の力が抜ける。くらりと眩暈がしたのは気のせいではないはずだ。
痛み出したこめかみを軽く押さえる彼女に、ジャンは尚も名前は?と空気を読まずに問いかける。
彼女は諦めたように溜息を吐き、口を開いた。
「……私はパトリシア。さっきも言ったけど、気づいたらここにいたのよ」
ここ、どこ?
疲れたと言外にありありと滲ませて、パトリシアはまた溜息を吐いた。




