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「ねえパトリシア、君、周りになんて呼ばれてるか知ってる?“天より遣わされし聖女”だって」
おかしいよね、と笑うジャンに、趣味が悪いとパトリシアも柳眉を顰めた。誰に何と言われようが呼ばれようが気にするつもりなど毛頭ないが、いくらなんでもそれは酷い。
パトリシアは、自分のことをよく知っている。自分の外見も、内面も。
彼女も社会に出て大分経つし、職業柄注目を集めるから相応の恋愛遍歴というものもある。そのどれも、結末は終わりだったけれど。
「私が聖女だなんて……言い出した奴は頭が湧いてるんだわ!」
「そうだね、聖女って柄ではないもんね」
自分で言い出しておきながら、間を置かずに肯定したジャンにパトリシアはムッとした。
自分で言うのはいいが、他人から言われるのは嫌だ。つくづくわがままな性格だと再認識する。
パトリシアは、自他共に認める我の強い人間だった。こうと決めればどこまでも頑固で、自分の意見を曲げやしない。言葉がきつく、せめて一言フォローを添えればいいのにそれもしないから倦厭される。
『君にはもうついていけない』
今まで別れた男たちは皆、そう言ってパトリシアの隣から去って行った。
『少しは我慢をすればいいのよ』
友人もモデル仲間もそう言うが、それが出来たら苦労はしない。だって、口にすることはすべて本音なのだから。
曲げたく無いことを曲げたくないと主張して何が悪いの。フォローしろって言われたって、どうすればいいのかわからないのにどうしろって言うの。
いつも思う。どうして自分はこうも意固地なのかと。
この性格で、損ばかりしてきた。
カメラマンと喧嘩になったことだって、一度や二度じゃない。その度に、マネージャーとも喧嘩になった。
ーーそんな時だ。パトリシアが、こちらの世界にやって来たのは。
もう何度目とも知れないマネージャーとの喧嘩の後。疲れたとソファーに身を投げた、その次の瞬間。
スプリングに柔らかく押し返されるはずだった体は緑の絨毯の上に倒れ込み、明るかったはずの室内は薄暗い野外に変貌を遂げていた。
何の予兆も無く、パトリシアは境界を超えた。




