3
「旦那様、よろしいのですか?」
「なにがです」
ローザの問いかけにルーグはしらを切る。そのまま茶を嚥下して、ちろりと視線を部屋の外へ向けた。
ルーグがさつきに言った言葉に嘘はない。貴貧を問わず天女の曲解を持つ者はいる。しかしそれだけなら、それこそ護衛を付ければ済む話だ。寧ろ屋敷内でまで護衛を付ける必要はないように思われる。
では、何故ルーグはそうしないのか。それを言わなかったのか。
ルーグは何も言わない。
これ以上は無駄だろうとローザは切りをつけ、さつきの使用していた茶器を片付ける。ルーグは悠々と茶を飲み干して執務机に戻った。
「ローザ、後でさつき様のお部屋に菓子を」
さつきが甘いものを特に好むようだと気づいてからは毎日のように言いつけられるそれに、ローザは慣れたように「かしこまりました」と礼を取る。太らないか気にしておられたから、厨房にその旨も伝えておこう。
ワゴンを押して退室し、長い廊下を歩く。パニエで広がった足元は見えないが、それにももう慣れた。こつりこつりと石床を叩くヒールの音にも。
「……さつき様も、お可哀想ですわね」
何も知らない、だからそれを利用される。
ローザは知っている。けれど、さつきは知らない。ルーグ=ヴァルガンという男の本質を。あの男自身がそれを悟られないようにしているのだから当然とも言えるが。
ローザは知っている。自身の主人が潜ませる狡猾さと残忍さ。欲しいものは万計を巡らせて手中に収め、敵と見なせばどこまでも冷徹に、冷酷に排除する。その立場故に、清濁を躊躇わず合わせ飲む、その性を。
ローザは知らない。けれど、さつきは知っている。ルーグ=ヴァルガンという男が真実心を安らげる、その瞬間を。いや、ローザだけではない。さつき以外の誰もがそれを知らない。さつきだけが知っている。
ローザは知っている。さつきは、知っているのだろうか。ルーグの執着と、それに裏付けられる感情を。
「本当に、お可哀想な方……」
あらゆる意味で狙われて。
呟くメイドの声は、誰にも届くことはない。




