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「でも、本当にそんなに危険なんですか?」
平和じゃないって言われても、ここを見ている限りではものすごく平和だ。みんな笑顔だし、穏やかだし。争い事とかの話なんて聞いた事がない。
私が聞いた事がないだけで、実はそういうこともあるのかと聞いてみればそうでもないらしい。ルーグさんはゆっくりと首を振って、深刻そうに口を開いた。
「人の口に戸は立てられぬ、とは言ったもので、さつき様の噂がすでに広まっているのです」
私の噂、天女の噂。
聖パトリシアに深く傾倒するこの国の人間たちは、天女を彼女の同胞として同じく崇めている。天女が現れるかもしれないということはパトリシアの時代からも言われていた事だが、本当に現れたのは私が初めてだから、余計に注目が集まっているらしい。
しかも、それだけならまだしも、天女にまつわる伝承には尾鰭背鰭が付きまくって、天女を捕らえれば一族が繁栄するだとか、食らえば不老不死になるだとかの与太話まで出回り、しかもそれが本当に信じられるようになったらしい。
ルーグさんやこの屋敷の人たちはそんなデタラメを信じていない。
領民たちもそうであると信じたいけれど、貿易の盛んなヴァルガン領ではそれに伴って出入りも激しい為、誰がそれを信じているかなどわかりようもない。さらには他領とはいえ領主にもそれを信じている者がいる以上、注意をしすぎるということはないだろう、というのがルーグさんの意見だ。
「さつき様には息苦しい思いをさせてしまいますが、命にも関わることなのです。どうかご辛抱ください」
屋敷内なら護衛さえ連れてくれれば、とルーグさんが悪いわけじゃないのに頭を下げられて、私の方こそ申し訳ない。実感はないけれど、それでもすごく心配されてるのはわかるから。
「……私こそ、我儘言ってごめんなさい」
私には、その言葉以外を言えなかった。




