第1話
あれほど辛かった筋肉痛も、二日も過ぎれば大分マシになって、さらに二日過ぎれば違和感も完全に消え去った。身動きが取れるようになった今も、行く当てのない私は変わらずルーグさんのお世話になっている。
食材が多いから珍しい料理の多かった食事も少しずつ見慣れて、次はどんな珍しい料理が出るかと楽しみになった。
動けるようになってからは屋敷で働いてるいろんな人に会って話をして、この世界のことを教わった。
屋敷の人たちはみんな本当に親切で、右も左もわからない状態の私にひとつひとつ丁寧に、優しく教えてくれた。
そんな恵まれた環境だったからか、いつの間にか私はこの世界が好きになっていた。早いなと自分でも思うけど、嘘をついても何にもならない。
私が知ってるのはこのヴァルガン伯爵邸だけだけど、この限られた世界もこの世界の一部だ。
けれど、やっぱりもっと知りたいと思うのも本当の事で。
だから私は今、ルーグさんの執務室に直談判に来ていた。
「ルーグさん!外出許可ください!」
「ダメです。まだ早い、もう少しこの世界に慣れてからでも遅くはありません」
…………すっぱりすげなく却下された。なんでよぅ……。
そんな取りつく島もなくダメ出しされるとは思ってもみなくて落ち込むと、「そんな顔してもダメなものはダメです」と繰り返された。
「さつき様がこの世界のことを知りたいと思ってくださるのは、私もとても嬉しいです。ですが、この世界はさつき様が思っていらっしゃるほど平和ではないのですよ」
ふぅ、と溜息を吐いて角ペンを置く。傍に控えていたメイドのローザさんにお茶を頼んで、ルーグさんは立ち上がってソファーに足を運んだ。
どうぞと勧められたから私も反対側の席に座る。ローザさんはすぐに小さなワゴンを押して戻ってきた。陶器の小さくぶつかる音がして、ルーグさんと私の前にソーサーとティーカップが置かれる。そしてゆっくりと、亜麻色のお茶が注がれた。 それとともに、お茶の香りが一気に広がる。
「すごい甘い香り……これ、何ていうの?」
「これはラルゴの実のお茶です。種をよく煎って香ばしくして、果肉と一緒に蒸らすことで、お砂糖無しでも甘くなるんですよ」
ラルゴというのは、見た目はマンゴー、味は柑橘系というこの世界特有の果物だ。ヴァルガン領の名産品で、デザートなどにもよく使われてる。
勧められるままに飲んでみると、香りの通りすごく甘い味が口いっぱいに広がった。砂糖の甘さとは違う、独特の甘酸っぱさは癖になりそう。
ついつい一気に飲み干してしまって、ルーグさんとローザさんに笑われた。
「さつき様は本当に美味しそうになさいますね」
「だって本当にすっごく美味しいし、美味しい物を不味そうにって難しいですよ。それとも、ルーグさんは美味しいって思わないんですか?」
聞き返せば、それもそうですねとまた笑われた。
「本当に、素直なお方だ」
微笑ましいと花も恥じらう笑顔を貰って、一気に顔に熱が灯る。
この世界に来て、早一週間。ルーグさんはちょっぴり卑怯だと知りました。




