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「………どうやら、聖域の向こう側と私共の世界とでは共通点も相違点も多分にあるようですね」
興味深いと興奮冷めやらぬままにルーグさんは訳を見直した。私は心身疲れ果てて、エリザさんにもたれかかっている。エリザさんは何故か幸せそうに私の髪を手櫛で梳いている。
あれからどれくらい経ったのかわからないけれど、私はとにかく必死だった。英文や単語自体は難しくなかったけれど、どうすれば聖人なんて祭り上げられちゃってる馬鹿者のワガママ女王様っぷりを除外できるかに死力を尽くした。
何処を見ても腹の立つ文ではあったけれど、同意できる箇所もあった。パトリシアも自分とこの世界との美醜認識の広過ぎる差をありえないと評したようだ。
『パリコレモデルであるこの私に“有り触れた顔”なんてどういうことよ!?』
そういうことだよ、としか言えない。パリコレモデルがどんな顔か知らないけど、この世界ではステータスにならない顔だったんだよ。
そんなどうでもいいような愚痴もたくさんあったけれど、それ以上に私にとって有用な情報もあった。
まず、パトリシアが大前提として挙げたように、私とパトリシアの故郷である地球とここは違う世界のようだ。
食べ物や動物は共通している物も多いけど、種はこちらの方が多いようで、地球には存在しない生物や実在しない生物がいる。ここで敢えて“実在しない生物”と言ったのは、この世界にはドラゴンやペガサスなどといった仮想生物が僅かながらにも存在しているからだ。二人に確認したら確かに重要保護生物として存在が認知されているらしい。いつか見てみたい。
こちらの世界の中でも、聖域とその下では自生植物が違うらしい。聖域にしかない植物があり、それらはごく稀に鳥などの翼有るものが下へ持ち帰るが、聖域にしかないということで市場に出れば王侯貴族にしか買えないほどの高値が付くという。
ポケットに幾つか入れてたんだけど、と零したら「知ってます」と二人の目がギラリとなって怖かった。傷んでなかったらあげる、と言ったら感激された。本当に出回らないんだなとよくわかった。
そして、大事そうなこと。
聖域は、聖域から来た者とそれに認められた者、そして翼有るものしか行くことができないらしい。
聖域の生態などを知ろうとした者が幾度となく聖域を目指して崖を登っても辿り着くことはできなかったらしい。それは有翼生物に騎乗して向かっても同じで、どちらも気づけば反転して地上に向かっていたそうだ。
しかしパトリシアは「崖の上から来たのに行けないなんておかしなこと、あるわけがない」と、ベヌウ鳥という鳥に乗って行って、証拠として聖域から適当な木の実を持って帰ってきたそうだ。そのまま食べるには向かないけれどジャムにしたら美味しかったわ、と感想まで付いていた。正直どうでもいいと思った。
聖域の中心部には泉があるとも書かれていた。森の中にぽっかりと開けたところがあって、そこに水が湧いているらしい。魚の一匹もいないそれは異質に感じたが、ベヌウ鳥に飲ませて毒性は無いかを確認して自分でも飲んでみたところ、普通の水だったらしい。泉についてはパトリシアにもわからなかったらしいが、何か意味があるのかもしれない。
翻訳を終えてぐったりとしていた私を、またルーグさんが抱き上げる。あれほど恥ずかしかったお姫様抱っこは、疲れからか慣れからか、もう何の抵抗感もない。ゆらゆらと揺れるのが揺りかごのようで、眠気すら誘われた。
「お疲れでしたら、このままお休みください」
ルーグさんの気遣う声が優しくて、それにも目蓋が重くなった。
疲れた。眠い。
「おや、すみ………」
そして私は目を閉じた。




