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「失礼致しますね」
エリザさんが冷たい石畳の上に座って、その膝の上に私が座らされた。そのまま彼女は本を受け取って、私の前で私が読めるように開く。私の後ろから腕を伸ばして。
想像するならあれだ。お父さんやお母さんの膝の上に子供が座って、抱きしめられる形で絵本とか読んでもらう体勢。あれを、もうすぐ19歳になる私がされております。もうやだ恥ずかしい……。
「ページは私が捲りますのでご心配なく」
さぁどうぞ、とばかりの笑顔に引くに引けなくなった私は諦めた。この世界に来てから、もっと正確に言えばルーグさんに出会ってから、妥協ってものを特に学んだ気がする。あと寛大な心とか、忍耐とか。
最近の子供は我慢を知らないとかなんとかってお偉いさんがよく言ってるけど、そんなことはないと思う。だって普通代表の私がここまで我慢できてるんだから。
今なら堪忍袋の緒の太さで仏様にも勝てる気がする。いや勝てる。
くだらない現実逃避に自分で溜息を吐いて、私は目の前の英文に目を滑らせた。
難しい語とか使われてないといいな。ただそればかりを願った。
『まずこの世界が地球とは違う“異世界”だってことをしっかり頭に叩き込みなさい。これが大前提だから。
それが出来たら次のページに進みなさい。このパトリシア様が、あなたに私が得たこの世界のことを教えてあげるわ!』
何様のつもりだと突っ込んで踏んづけて破り捨てたくなる序文に頭痛がした。眩暈もした。
ねえ、私これ訳すの?これ訳さなきゃいけないの?こんな、のっけから酷い文を?内容に期待して目をキラキラさせてる人達に?
そんな新しいタイプのいじめとかいらないよ!いじめ自体いらないけど!
次から次へと溢れ出てくる本音を出さないように飲み込むのが辛い。今だけは悲鳴を上げる体を酷使してでもこの本を消し去ってしまいたい。
見たくない。読みたくない。
私が内心で地団駄踏んでるなんて思いもしないルーグさんは、「何と書かれているのですか!?」と訳をせがんでくる。お願いそんな目で見ないで。私が悪いわけじゃないのに罪悪感が半端ないの。
ぐっさぐっさと心に槍が突き刺さる。
いったい私が何をしたというのか。こんな仕打ち酷すぎる。ここにはいないパトリシアのヤローに小一時間は問い詰めたい。
ていうか、これで聖人とかないわ。どんだけ美化されたの。この世界の妄想力すげぇ。
延々考えてなどいられるはずもなく、やむなく私は口を開く。
訳せ。あの文を訳せ。無邪気な目なんて私は見ていない知らない!
何度も自分に言い聞かせて、私は声帯を震わせた。
「『この世界は私と、恐らくはあなたも知っている地球とは違う、異世界である。あなたの負担が少しでも減ることを願って、私は私の知るこの世界のことをここに残す。』」
パトリシアのアホは私に全力で五体投地すべきだと思う。本気で。




