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「は、はい……それが、宝物庫で保管している聖書に異変がありまして……番兵によりますと、何とも神々しい光を帯びているそうなのです」
「聖書が……」
「はい。不測の事態に備えて番兵にはそのまま見張りを続けさせておりますが、いかがいたしましょう?」
ふむ、とルーグさんが考え込む。
聖書って物がどんな物なのか知らないけれど、書っていうくらいだからきっと書物であることは間違いないだろう。
本が光る……確かに不気味だ。蛍光ペンで書かれてるとかならともかく、今慌ててるってことは今回が初めてのことなんだろうし。
でも、なんで急に?
私も一緒になって考えてみる。今までと今に何か違いでもあればヒントになるかもしれないけど、そもそも件の聖書がどんな由来を持つのかも知らないから、何を足がかりとしていいのかわからない。
「ねぇルーグさん、聖書って何ですか?」
「ああ……さつき様、先程お話しした建国逸話を覚えてますか?」
聖人パトリシアが消える前に書き残した書物、聖典。その写本が聖書らしい。
この世界において未知の言語で書かれたそれは、彼女曰くの「いつか現れるかもしれない、私と同じく崖から来る者」のための本だという。長い間領主お抱えの多くの研究者たちが解読を試みたが序文さえも内容を知ることは叶わず、いつしか天女の言語で書かれた物なのだと結論が出された。
その原本は国立の研究機関に厳重に保管され、しかし天女がどこに現れてもいいように複写されたものが各州領主の許で保管されている。
ここの州の場合、それがルーグさんのヴァルガン家だそうだ。
……って、これ原因私じゃないの?
「見張りを続けさせているということは、危険があるわけではないのですね?」
「はい。本当にただ光っておりまして……」
「なら、ここで悩んでも埒が明きませんし宝物庫へ行きましょう。さつき様、申し訳ありませんが少しお付き合い頂けますか」
もしかしたらあなたに関係があるのかもしれない。そう言われては是非もなく、私は構わないと二つ返事で頷いた。
誰にも読めない言語の本。それが本当に私に読めるのかはわからないけれど、元の世界に帰る手がかりになるかもしれない。
建国の礎、聖人パトリシア。私と同じ、聖域と呼ばれる崖から、恐らくは同じ異世界からやってきた人。
彼女は私に向けて、果たして何を書き残してくれたのだろうか。




