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「グランは、さ……。怖くなったりしないの……?」
尋ねる声は、自分でも情けなくなるほど弱々しかった。だからだろう、グランが鼻で嗤う。
「怖がったところで何になる」
ばかばかしい。そう吐き捨てるグランの声は、どこか寂しそうだった。
「レオハルトに生まれた、そう理解した時から私の在り方は決まっていた」
聖女の血筋、その流れを汲んだ公爵家・侯爵家はすでに滅んでいる。貴族としての階級が高いわけでもない伯爵家さえ、現存するのはカルヴァンとレオハルトの二家のみ。
だからこそ、二の舞を演じることのないように、誰よりも堅実であることを求められた。
過去にばかり囚われるのではなく、今ある己が領地の民草を守れ、希少な血筋を守れ、と。
「怖いと思うのは、お前がルーグに守られていたからだ。悪意にも害意にも晒されないように、あいつが囲っていたのだろう」
言われて、初めて気がついた。
ルーグさんの屋敷にいた頃、私が会う人は限定されていた。
ルーグさん、エリザさん、ローザさん。
その他の人に会う事もあったけれど、あまり多くはなかった。そして、皆私に好意的な人達だった。
私に何かを求めたりしなかった。
天女と崇めている存在に、何故とどうして思わなかったのだろう。
「……なんで、ルーグさんは…………」
「あの男は、お前を助け出すためだけに軍さえ動かした。それ以上の答えがあるのか」
愚問とばかりに言い切ったグランに、そうだよねと目線が下がる。
守られてばかり、助けられてばかり。なら、私はどうしたらいい?
怖がってばかりでは前に進めない、そうわかっていても、どうしていいのかちっとも頭に浮かばない。
「ねえ、私はどうしたらいいの?」
こんなこと聞くのは卑怯だってわかってる。答えも、予想してた通り「自分で考えろ」だって。
私がグランに攫われたのも、グランに捧げられそうになっているのも、根幹部分はきっと同じなのだろう。
「自由には責任が伴う。対価もなしに何をも手に入れられると思うな」
「…………うん。ありがと」
なんだかんだ言って、グランは優しい。癪だから、本人には絶対言ってやらないけど。
私が差し出せる対価なんて限られている。考えるまでもないほどに。
残された時間は少ない。時間が止まれと思う一方で、早く来いとも思ってる。
もう形振りなんて構っていられないから。今度は私が、ルーグさんを守る。
唇を引き結んで顔を上げると、グランがにやりと上機嫌に笑った。
「それでいい」
グラス越しにかち合った目には、喜びとも慈しみとも取れない不思議な色が浮かんでいた。




