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異世界で恋に落ちました  作者: 藤野
第十六話
127/134

5

 十日後、式典、天女、伯爵。

 同じ言葉がずっと頭の中をぐるぐると回る。何か考えなきゃと思えば思うほど頭が空回りして、悔しさに強く唇を噛んだ。


 「サツキ、ダメだ。切れてしまう」


 ルトヴィアスさんに注意された。唇はもう切れてしまったらしく、口の中に鉄の味が広がる。

 バルトさんがガーゼを持って来てくれたので、それで口元を押さえた。

 あ、れ…………?


 「グ……伯爵様は?」


 周りの目が一斉に私に向いた。突き刺さるようなそれに怯みかけるけど、怖気づいている場合じゃないと必死に自分を奮い立たせる。


 「伯爵様は、もしこんな事を聞いたとしたら、黙ってますか?」

 「まさか!むしろ国の治安を乱すなと大層お怒りになるだろうさ」


 リディアさんの言葉は他の人達の総意だ。みんなが口を揃えてありえないと言う。


 「なら、伯爵様に密告するのはだめですか? 」


 バイト先で聞いた話だと、グランの許には領民からの手紙が頻繁に届けられるらしい。その内容は何かのお礼だったり、報告だったりと様々だが、そのどれにもグランの印が押された返信が届くという。つまりそれは、グランが直接手紙を読み、書いているという証拠。

 それを利用できないかと尋ねると、リディアさんの目が僅かに揺らいだ。

 だめ、ではないらしい。ただ、可能性は低いそうだ。

 この自警団はあくまで有志の集まりで、表立って活動してこなかったことからも、信じてもらえるかどうか怪しいところだ、と。

 それに、グランの許には多くの手紙が届くからこそ、埋もれてしまう可能性も指摘された。

 でも、そこでひとつ声が上がる。


 「--埋もれない相手に送りつけて、届けてもらうってのはどうだ?」

 「埋もれない相手……?」


 ルトヴィアスさんが固い表情で頷く。


 「伯爵邸で働いている知り合いがいる。そいつに手紙を出して、伝えてもらうんだ」

 「ルト、それはお前……」


 困惑したような声に、大丈夫だとルトヴィアスさんが首を振った。


 「だがシエラは……」

 「何年も連絡してなかったから無視されるかもしれないが……何もしないよりマシだろう」


 シエラ……?  どこかで聞き覚えがあるような気がして首を捻っていると、「元カノ」とリディアさんがこっそり教えてくれた。元カノって、例のココアの?  へえ、グランに仕えてるのか…………!!


 「シエラって、もしかしてメイドの?」


 脳裏に浮かんだ茶髪と金色の目の少女。まさかと思って聞いてみると、「知り合いなのか?」とルトヴィアスさんの目が丸くなった。………….まじか!!

 いろいろ驚きもあったけど、それなら話は早い。


 「私からもシエラに手紙を出す。もし覚えててくれたら、無視はされないと思うから」


 合図もなく、みんなが揃って頷いた。これで決まりだ。

 バルトさんがレターセットを取りに走る。リディアさんは馬を取りに走る。他の人も、今ここにいないメンバーを招集すべく走り出した。

 ちらりと見たルトヴィアスさんは、もう角ペンを走らせていた。どんどんと文字が連なっていく。きっと、ずっと言いたい事があったんだ。

 私も角ペンを握って、慎重に文を書き出した。本当に私だと気づいてもらえるように、あの頃の情報を散りばめた文を。

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