4
それからもしばらく動き回っていると、アネットさんの言った通りお昼時はすぐにやってきた。
私の目の前に並ぶのはゴロゴロ野菜のミネストローネとふっくら焼きたてのパン、綺麗に包まれたオムライスだ。
「いっただきまーす!」
我慢できずスプーンを掴み、まずはミネストローネから。トマトの程よい酸味と甘味が絶妙だ。野菜もたっぷり入っているから、これだけでおかずになる。焼きたてパンとの相性は言うまでもないだろう。
「それ、久々に聞いたねぇ」
「んぇ?」
それって、どれ?
首を傾げると、「いただきます」と返された。
「伯爵様のお屋敷から広まったらしいが、実は広めたのは天女様だって噂さ」
目の前で天女、という言葉が出てどきりとした。
周りの人は天女の話と聞いて興味津々らしく、どこかで耳にしたらしい天女に関する噂をあれやこれやと話し出した。
「天女様といやぁ、本当に聖域からいらしたんかね? 」
「そうみたいだよ。俺は運送屋をしているが、ちょっと前にお貴族様のお屋敷に厳重に箱詰めされた見たこともない果物を運んだんだ」
「悪党に攫われた天女様を伯爵様がお助けしたって話もあったわよね」
「そりゃすごい!さすが我らが伯爵様だ」
あたりが一際盛り上がる。伯爵様に乾杯!とグラスを掲げて、まるで宴会でもしているようだ。
意外にもグランは領民には好かれているらしい。それだけ真面目に頑張ってきたってことなのかな。
「伯爵様って、どんな人なんですか?」
興味本位で聞いてみると、アネットさんは「お優しい方だよ」と満面の笑みを浮かべた。
「聖女様の血を引く貴いお方なのに、私らのことをよく考えてくださる。何年か前に凶作が続いたことがあってね、その時も伯爵様がお屋敷の備蓄を領民に配ってくださったんだよ」
そのおかげで誰も餓死しなかったと語るアネットさんは、本当に感謝しているらしい。素晴らしいお人だと頻りに繰り返した。
アネットさんの語るグランは、私の知らないグランだった。屋敷にいたのは短い間だったから、当然といえば当然だ。
でも、それでもアネットさんの言葉に納得できるかもしれないと思うのも、その短い期間があったからなんだと思う。
グランは真っ直ぐだった。私に対しても、パトリシアに対しても。きっと、領民に対しても。
私にとってはいけ好かない奴だけど、悪人ってわけじゃない。あいつを慕う人がこんなにいるんだから。
「伯爵様は、凄い人なんですね」
そういった私に、周りのみんなが笑顔で頷く。
みんなが慕う、私の知らないグランを見てみたいと思った。




