第1話
「うそ………」
呆然と部屋を見回す。
オフホワイトの壁紙。空が見える窓。高校の時に買い換えた机と、今私がいる使い慣れたベッド。
見間違えるはずがない。何から何まで、全部私の部屋だ。私の部屋が、異世界に行く前と全く変わらない状態で存在している。
「さつきー?なぁに、そんなにボーッとして」
「お、お母さん……」
ひょっこりと顔を覗かせたお母さんも、やっぱり記憶の中のそれと全く変わらない。
ーーーあれは、夢だったの……?
「あら?あんた、そんなもの持ってたっけ?」
不思議そうなお母さんが私を指差す。その先は、私が来ているネグリジェ。
ルーグさんのお屋敷でいつも着ていた、異世界の記憶が現実だったっていう証拠。
「……っ!」
夢じゃない。偽物じゃない。
それは、喜びも悲しみも、私の中に沸き起こさせる。
突然泣き出した私にお母さんは驚いていたけれど、何があったのか聞いてくることはなかった。ただ一言、「なんだかすごい経験したみたいね」とだけ言って、静かに部屋を出て行った。
―――あれから、半年が過ぎた。
久しぶりの大学は、でも他の人たちにとってはそんなことはなくて。ただ一人、私だけが取り残されていた。誰とどういう付き合い方をしていたかなんて忘れてしまった。
それでもやることはたくさんあって、毎日があっという間に過ぎていった。
時々、あれは全部夢だったんじゃないかと思うようになった。異世界に行ったのも、恋をしたのも、全部。でも本当だと見せ付けるように、私の部屋にはあのネグリジェが存在している。自分では買わないようなそれが、あれは現実なんだと教えてくれる。
せっかく帰ってきたのに、私が考えるのはずっとあちらのことばかりだった。
ルーグさん。
エリザさん、ローザさん。
シエラに、ついでにグランも。
あの人たちは、どうしてるだろう。
あんなに帰りたかったこの世界が、つまらないもののように思えて仕方がない。何にも興味が抱けなくて、生きるということが作業のようにすら思えてくる。唯一のあちらとの繋がりである英語だけが、私を刺激した。
「ねぇ、さつきって恋人いたっけ?」
「いないけど………なんで?」
講義が終わった後、隣の席に座っていた一人に話しかけられた。たしか、入学してすぐにできた友達。こんなことまで曖昧にしか覚えてないなんて、私って結構薄情だったんだな。
「今週末に合コンあるんだけど、参加しない?」
「合コン?」
思わず聞き返すと、よっぽど気合を入れてるのか、そう!と力強い返事が返ってきた。なんでも相手はバスケが強いことで有名なところの人達らしい。そういうのがよくわからなくて適当に相槌を打っていたら、反応が薄いと怒られた。わけわからん。
「ていうか、なんで私なの?もっとかわいい子いっぱいいるじゃん」
私が言うのもなんだけど、うちの大学は結構顔面偏差値が高いと思う。そういう子を誘った方が相手も喜ぶんじゃないかと思って言ったら、今度は「わかってないなぁ」とダメ出しを食らった。
「かわいいだけじゃダメなの。飽きちゃうでしょ。その点さつきなら、大人っぽいからキャラ被んないし」
ね、いいでしょ?と上目遣いでおねだりされて、なるほどと思った。自分の見せ方をよく知っているというか、こうすれば断れないとわかっててしている感じ。
「まぁ、行くだけなら」
「ええ?せっかくなんだからいい人見つけなよ」
そうは言われても、私には頷けない。好きな人がいるからって、堂々と言えたら、違ってたのかも知れないけど。




