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異世界で恋に落ちました  作者: 藤野
第二話
10/134

5

 聖パトラシャーナ王国。


 トリシア語を公用語とするこの国は、北側はソドラ山脈を挟んでプラナス、ロイスト、メイシェラの三大国と接し、南側は大海に面した、6つの州で形成される小国である。


 国土は肥沃(ひよく)で作物はよく育ち、また山脈を掘削(くっさく)すれば貴重な鉱石が出る。海に近くはあるが真水の湧く泉も多く、州によっては温泉も出る。

 他国から見れば、小国なれど欲してやまない資源国でもある。


 国の中心は聖域と呼ばれる未開の地。断崖絶壁の上に存在する聖域へ踏み入る手段は無く、翼持つもののみがその貌を目にでき、聖パトラシャーナの民たちは国の成り立ち故に日々聖域に祈りを捧げる。


 聖パトラシャーナ王国。


 その名は国が建国された1000年前に突如として現れ、国の礎を築いた聖人の名に由来するものである。


 1000年前、今は三大国と名を馳せる国々もまだ形成されて間もなかった戦乱の時代。多数の部族が集まり暮らしていたこの土地は、その豊かさ故に常に狙われていた。

 堀を造り、柵を造り、塀を造り防衛線を張って、土地と自分たちを守っていた祖先たち。拠点を移せばいいと言う者もいた。

だが先祖代々住まうこの土地を離れるなど出来はしないと、軍勢に抗うことを決め、平静を夢見てきた。


 平定の兆しを見せない戦乱の世。


 いつになれば平和が訪れるのかと、憔悴(しょうすい)疲弊(ひへい)していく民たち。

 彼らの前に、一人の女が現れた。

 聖域と呼ばれる前の、ただ崖と呼ばれていた土地からやってきたという彼女は、民たちに知恵を、力を、技術を与えた。当時の誰もが知らなかった知識を、思いつきもしなかった技術を、彼女は持っていた。


 知恵はさらなる技術を生み出し、生み出された技術はさらなる力を(もたら)した。


 人の噂は大陸全土にまで広がり、戦火から逃れようとやってきた部族たちも加わった。

 彼らの住まう土地は、彼女の許で国となった。

 民たちは、彼女を王に望んだ。しかし、彼女は首を縦に降らなかった。


 「突如として現れた私は、突如として消えるでしょう」


 そう告げて、いつしか本当に消えた彼女こそが、建国の礎 聖パトリシアである。



 パトリシアの消えた後、国の部族たちは各々拠点を決め、国は6つの州に分かれた。

 消えた彼女が現れた崖を聖域と定め、聖域を中心として展開していった。

そして、国作りの礎となった彼女に感謝と敬愛を示し、祈りを捧げるようになった。

 消える前、彼女は一つの書物を残していた。


「いつか現れるかもしれない、私と同じく崖から来る者に」


 どの部族でも知らない言語で書かれたその書物は、彼女の消えた後に複製され、各州の領主の許で厳重に保管されている。

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