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本音言っちゃったよ!

「コトエ様」


ピリリと私の行動をたしなめるタリアの声に、私は椅子に座ったまま萎縮して「ごめんなさい」と涙目で謝罪した。


ちなみに涙目だったのはタリアが怖かったわけではなく、あくびの副産物であることを覚えておいてほしい。いや、覚えなくてもいいか。


私の怠慢な態度にタリアは呆れた態度を隠そうともせずに盛大なため息をもって心情を明らかにする。そりゃあ真面目に説明していたタリアからしてみれば、私は不出来な生徒みたいなもんだったけれど、出ちゃったもんは仕方がない。口の中をもにゃもにゃとさせながらも、向かいに座るタリアとシアを交互に見つめた。


相変わらず眼福な光景だなと思わずにはいられない。


イケメンオーラを無意識に振りまくタリアと、私好みドンビシャ顔のシアが並んでいる姿はいつみても見慣れないし、むしろ萌え……ごほん、ごほん。


まぁ、とりあえず何度目になるかは数えることも諦めてしまったが、こうやって二人が揃って私に会いに来てくれるのはほぼ毎日と言っていい。


私が目を覚ましてからさらに10日が経過した。


重怠い体は怪我の影響からか時々微熱を出したものの、次第に体が回復に向かっていたのは自分が一番分かっている。三日前にようやく抜糸が済んだ時はこの部屋からほとんど外出を禁止され、酷い時はベッドに縛り付けられていたためどえらい解放感だった。抜糸しただけなのに、だ。


そういえばもう一方の古傷はと言えば、あれほど体に残ると思っていたのにいつの間にかすっかり消えていた。幻だったのかと思うほど綺麗な肌には蒼い騎士が残した一筋の傷のみが私の肌を割いていた。

着替えを手伝ってくれたセリハに覚えているかと聞けば、彼女も首をかしげて覚えておりますと遠慮がちに答えてくれたので幻ではなかったのだろう。


まっ、いっか。


くらいには楽観的だった。


体に残る傷が一つ消えたのであればそれに越したことはない。


世界観からいずれはコルセットで縛り上げられるのではないかと危惧していたが、傷の具合をもうしばらく見るために、私の体を締め付けるのはもう当分先だろう。

ちょっと経験してみたかったけれど、中世ヨーロッパのような世界を舞台にした小説を読んでいても、あれを毎日体に巻きつけるのはきっと辛いだろうなとも思っていたし。


あれって特別なドレスを着る時とかにしかつけないんだっけ? うん、イマイチ理解してないんだわ私。


さてさて。


現状はと言えば怪我の治療にしてもそうだけれど、《誉人の奇跡》としてシア達が慌ただしく手続きたるものをしている間、私の身柄はそのままシアの屋敷で保護されることとなった。そのことをタリアの口から聞かされた際に、補足としてこのままこの場所で生活することになるだろうという予測付きで。

セリハを含める侍女達は最初こそかしこまっていたものの、友好的で寛容な態度で接してくれていたためありがたいとも思っていたしむしろその方が都合がいい。

相変わらず様付けで呼ばれる事に時々ため息さえ漏れたが、自分はいつの間にかこの世界で王族に並ぶ身分になっていたのなら仕方がない。


私が想像していたよりはるかに《誉人の奇跡》に対する処遇はすごかったのだ。


その詳細をたった今、タリアの口からシア立ち会いの元で説明されていたのだが、いかんせん彼の口調が畏まりすぎていて、バカな私には理解しかねた。

頭上に大量の“?”を浮かべているのが分かったのか、シアレスは口元のみに微笑みを携えて噛み砕いた説明を重ねてくれた。


この国にとって《誉人の奇跡》――つまり私みたいにやってきた日本人は王族と等しく身分が高くて敬われる立場であるということ。


《誉人》の子孫が王族であるならば、《誉人の奇跡》は神の国からやってきた御使い、もしくは神様そのものみたいなニュアンスらしい。

この国にとって《誉人》=神様という形式が成り立っているのは以前からなんとなく理解していたが、日本人というだけで神様扱いなんて。


おいでませ日本人。


めんそーれフィアンベッ……シア! アンタの名字言いにくい!


ま。そんな《誉人の奇跡》は保護される立場。


でもって、国に幸福をもたらす象徴。


国に戸籍を持たない日本人が突然表れ、いきなり最高位の権威を保持することになるのだから、その処遇はすべて王族が担う事になっているという。

《誉人の奇跡》を保護し、この国で生活していくための援助はすべて国庫から。つまり国民の税金。


私も派遣社員から立派な公務員にランクアップです。ありがとうございます。


国民が納めた税金で生活を保障されるのだから、当然国のために働けよってことで、《誉人の奇跡》の義務としては日本で過ごしてきた些細な日常的なものから大きな国レベルのものまで、この国に役立ちそうな知識や慣習を提供しなければいけないらしい。


ようは率先して政に関わっちゃいなよYOU! って事。


いいのかそれで。


いや、いいんだったらいいんだけどさ。


そして《誉人の奇跡》の一位として果たさなければならない義務が《絆》という存在を見出す事だという。

この国にやってきた《誉人の奇跡》がこの国に尽くすために生涯に渡り寄り添い支援するパートナーを選ぶことらしい。

そうすることで秩序と均衡が保たれ、国に莫大な利益をもたらす、だってさ。

それがどう利益につながるかは知らんけど。


過去事例として恋愛から夫婦関係にまで発展した関係もあれば、はたまた同性の親友同士でも構わない。相手が家庭のある存在であってもパートナーとしてふさわしければ誰を選んでも自由だという。


《誉人の奇跡》はその《絆》を幸福にすると言われ、それが地位や名誉を得る称号にもなるらしい。その代りこの国に居る限りは《絆》に絶対的支援をしてもらえるのが《誉人の奇跡》。

絶対的支援が金銭的なものにあたるのか、精神的なものにあたるかは《誉人の奇跡》の選択次第とのことで。

持ちつ持たれつって関係なのだろうなとなんとなく思いながら、私は自分の中で結論を見出した。


「血税で養ってやってるんだから国の発展に貢献しやがれって事か」

「コトエ様、お言葉が過ぎますよ」


思わずペロッと零した言葉にタリアは間髪入れずにピシャリと私を叱った。イケメンが眉をひそめて睨んでいる姿は貴重なものを見せてもらったような気がする。綺麗な人って笑うより怒った時の方が美しく見える私は本当に変態です。最高の褒め言葉です。


という冗談もほどほどに私が肩をすくめていると、シアはテーブルの上を走らせるようにすっと一枚の紙を私に向けて滑らせた。


「すでにサインをしてもらっていたけれど、これがコトエの控えだよ」

「お、ありがとー」


軽い口調で受け取った私は、以前にも見たその書類に視線を落としてほくほく顔だ。

現在は仮染めとして王族――国民から支援を受けている立場のため、何度か公式の場には呼ばれるらしい。


キタコレ! と内心で思いながらも、今まで読んで来たたたくさんの小説の描写で、煌びやかなダンスパーティーに想いを馳せる。

自分の置かれた状況をむしろ楽しんでしまっている私に対し、シアは苦い笑みを浮かべて続けた。


「皇帝陛下に書簡を出した三日後には、国民にコトエが《誉人の奇跡》であるというふれが出た。コトエの行動は制限されるものではないが、城下に降りる際は必ず護衛を付けてくれ。後で紹介する」

「ん。りょーかい。ありがとう」

「あと、皇帝陛下との謁見が二日後に決まった」


ふと私が書類から顔を上げると、シアはまっすぐに私を見ている。何かを試すような、ジッと私の反応を待ち続ける彼に私は思わずふふんっと鼻を鳴らす。


「謁見ではないよね? それは目下の者が目上の者に会うための言葉。さっきの説明だと私は王族と同等の立場であるはずだったけれど?」


と、サラリとその事実を口にすると、タリアは少し驚いたように目を見開き、反対にシアは予想通りといった様子で笑った。


「よく気が付いたね。よかったよ、コトエが《誉人の奇跡》である自覚のある人で」

「日本人は謙遜する人種だから、それで良しとする人もいるんでしょうけれど、私はあいにく謙遜を元の世界に忘れて来ちゃったみたい」

「その様子では元の世界でも謙遜があったかどうか、いささか疑いたくなるね」

「お? 言ってくれるじゃん。本来であれば私はシア――貴方の態度に対しても不敬を苦言する事だってできるんだからね」


流れるようなやり取りの中でそう告げた私に、タリアはその心に渦巻いた不快を露わにする。そして言葉にも乗せた。


「お言葉ながら、シアレス様の言動のどこに不敬と取られる部分が?」

「タリアは分かってないね。彼は()王族であって今は王族じゃない。継承権放棄して大侯爵に自ら身分を落とした時点で、王族に等しい立場である私の方が身分は高いのよ。いくら血の繋がりがあっても所持する権威は違うわ」


でしょでしょ?


仕える人を馬鹿にされたとタリアは思ったのだろうけれど、それは筋違いだと論破する。私の言葉にようやく理解したタリアは反論するために口を開いたが、やがて自分の敗北を認めたらしく唇を噛みしめた。

そんなタリアの様子に私はクスクスと笑ったし、隣に並ぶシアは罰悪そうな表情になっている。

仕方がないから助け舟のように言葉をつづけた。


「これだけ手厚く看病してもらった相手に対して、不敬うんぬんで苦言するほど私は非道ではないわよ」


たぶんね、と心の中で付け足せばシアは安心したように笑む。

さっきから普通に笑うし表情もコロコロ変わるこの人のどこが冷たい人なのだろうと思いながら、私は書類をテーブルに乗せながら二人を交互に見た。


「で、手続きは以上?」


と私が問えば、シアは少しだけ考え込んですぐに思い出したように言った。


「コトエ――様?」

「ちょっと、さっきのは冗談なんだから間に受けないで」


すこし思いとどまったように様を付けて私を呼ぼうとしたシアに対し、私は思わずムッと返せば彼はクスリと笑って見せる。たぶん、これは彼なりの些細な仕返しなのだろうけれどシアは「すまない」とだけ小さく零して続けた。


「ではコトエ。君は《絆》を見つけるまではここに滞在してもらうことになる。《絆》はコトエのパートナーであると同時に支援者であるから君かもしくは《絆》が望めば住居は変更できる。いわばここは仮住まい。かと言って相応の理由があれば現時点でも変更は可能だ。というのは、すでにタリアから聞いているね」


一応、と確かめるように聞いてきたシアの発言に、私は頷きで返す。


「他にも君の手足となる人間が必要になってくると思う。先ほど話した通り、君に護衛の騎士を三人付ける。現在選出中のためもうしばらく待ってほしい」

「明日までには選出できる?」


シアの言葉に私が即座に返せば、彼にとっては意外だったらしく小さく息を呑んだのがわかる。真剣なまなざしを向け続ける私に対し、彼は少しだけ首をかしげて尋ねた。


「何か急く事情でも?」

「国民に触れが出たのであれば、しばらく城下町を歩くのは難しくなりそうじゃない? その前にお世話になったレアン食堂を経営するご家族に挨拶したいの。あと向こうから持ってきた手荷物もそのまま置きっぱなしだし」

「明日行くのか?」

「早ければ早い方がいいわ。貴方よりも先に一ヶ月もお世話になった人達ですもの」


当然でしょ、と言いたい私に対してタリアが見かねて横槍を入れてきた。


「コトエ様。貴方はご自分の立場を分かっていらっしゃるようで分かっていない。《誉人の奇跡》は国民にとってもはや手の届かぬ方でいらっしゃいます。城下町に単身で下りられるのは正直感心いたしません」


当たり前のように並べられたタリアの忠告を聞いて、私が静かにシアへと視線を移せば、彼も同じ意見を持っていたらしく静かに頷いてみせる。


ただ、私にはそれがあまりにも解せない内容だったのだ。


「……私さ、こういう世界に少し憧れていたのも事実なの」


唐突に始まった身の上話に、タリアとシアは思わず顔を見合わせた。その様子を見つめながらクスッと笑みをこぼすと、テーブルの上に頬杖をついて私はシアの背後に存在する窓の外を眺めた。


「こういう世界の物語が私の世界にはあった。もちろんフィクション――本当の話ではないものばかりだったけれど、実際に自分に起こったら……そう、ずっと考えてた」


小説の中でも異世界トリップの物語を好いていたのには当然理由がある。


現実からの逃亡――そして新しい世界での自分の役割。


本来であればありえない出来事が実際に自分に起きたら、と自身に置き換えた時にずっと叶えてみたいと思っていたことがある。

そしてそれは目の前の書類がまさしく現実にしようとしてくれていた。


「私は元の世界では使われる立場の人間だったわ。上司に頭を下げてお客様の機嫌を伺って。それはそれで心地が良くて面白かった。自分のできることを自分の世界と定めた範囲で見つけ出すのは凄く難しい」


元の世界に思いを馳せる。


どれだけこの世界での居心地がよくなったとしても、現実の世界ほど自分に合った環境はない。

だってずっとその世界で生きてきた。急に知り合いのいない世界に放りだされたとしても、絶対帰ってやると思っていたし今だってその思いはある。


この世界で自分に課せられた役割がどんなものであろうとも唯一望むのは。


「人の上に立ってみたいという野心が私にはあるの。女だからとか派遣社員――下の人間だからとか、そういうしがらみを一掃して、人を見下して、命令して……思いのままに動かしてみたい」


あっさりと出てきた私の中の野望。


私の言葉にタリアが息を呑んだのが分かった。ただシアだけはジッと私の口が紡ぎ出す言葉を待ち構えているようで。


「この世界に来て自分の役割を理解して改めて思ったわ」


そう言葉を止め、ゆっくりと視線を向けた先はシアの顔。

凛とした面持ちは相変わらず私好みでたまらない。だからこそ笑わずにはいられないのだ。


「この世界は可笑しい(・・・・)

「なっ」


小さく声をあげたのはタリアだ。彼はちょっといちいち反応しすぎではないかと思う。が、それも仕方ないと言うのかもしれない。

あれほど萎縮していた小娘が権威を手に入れた瞬間、手のひらを返したような態度を示したのだから。


「《誉人の奇跡》に王族と同等の権威を与えるのはなぜ?」


静かに問えばシアは淡々と答えを導き出す。


「それがこの世界にとっての《(ことわり)》だからだ」

「《理》を作ったのは誰?」

「《誉人》だ」

「ではなぜ《誉人》は身分を作ったのかしら?」


続けた問いにすらすらと答えていたシアがようやく言葉を呑み込んだ。彼の中に答えを持ち合わせていないのは明確だった。


「それはね身分の高い人間が《誉人の奇跡》を囲うためよ」


と、彼が持ち合わせていなかった答えを私自身が導きだした。

同時に見開かれた二人分の視線を感じながら、私はゆるゆると口元に笑みを浮かべる。


「《絆》に選ばれたのはどうせ《誉人の奇跡》に近づける相応の身分を持った者でしょう? それが《理》と言うのであれば可笑しい話だわ。《誉人》は国民に平等な幸福を与えず、身分の高い人間のみに幸福を掴む権利を与えている」


それのどこが平等?


それがこの国の神様――《誉人》が創った《理》なの?


レアン食堂で働いている時から感じていた違和感にようやくたどり着いたのだ。


誰もが幸福は《誉人》がもたらすものとし、自分自身で掴むものだとは思っていない。それを深く追い求めるのであれば《誉人の奇跡》を手にしようとするのは当然なのに。


歪な《理》には裏がある。そう確信した。


「権利は平等に与えられるべきよ」


だから私は自分がどんな立場になっても城下を目指す。


自分がどのような処遇になるか不安でたまらなかったのも事実だけれど、結果としては最高の地位と権威を手に入れたのだ。


ただ日本人であるという理由だけで。


いつも異世界トリップの小説を読むたびに思っていた。無情にも異世界へ飛ばされた主人公達は、己の待遇に歓喜する者もいれば、嘆く者もいる。私もその一人である事には変わらない。

ただ周囲の優しさに愛情に懐柔されていく物語の主人公達に時々嫌悪さえ感じている。


なぜ自分に起こった処遇を受け入れるのか。


なぜ不運にも選ばれた自分の不幸をいつしか幸福と感じるのか。


世界に懐柔されていく主人公達に、私は憧れと共に嫌悪する。


私だったら(・・・・・)――と思わずにはいられなかったのだ。


それが《理》であるならば、私はその流れにあらん限りの力を行使して逆らうと。


「私は元の世界に戻る術を探しながら《誉人の奇跡》としての役目を果たすわ。そのかわり――私は私のやり方で、この世界の《理》を殺す」


覚悟しなさい異世界――。


まるで矛盾する言葉を発した私の微笑みに、今度こそシアは言葉を失ったようだった。

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