表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

真実と我が主 ■sideタリア


「このまま当屋敷にお住まい頂くことになるでしょうね」


と私が零せば、我らが主――シアレス様は書類に万年筆を走らせながら、顔も上げずに「ああ」と肯定してくださった。


|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》という存在は、この国にとって最も優先されるべき事項である。これは王族や貴族という上流階級の中だけで定まった事ではなく、この国に住まうすべての国民に至るまで広く知れ渡っている《理》であり《義務》だ。王族と等しく、けれど王族よりもある種において影響力がある存在であることを、当の|《奇跡》《ギフト》達は知らない。これからある程度、それらに関する知識と教養を学び、身に着けていただく必要があるのは言うまでもない。


歴史上で何度も繰り返される|《奇跡》《ギフト》の飛来。


一定の《条件》を満たした者のみがこの地に舞い降り《絆》を見出して国を幸福へと導く者として丁重な扱いを受ける対象だ。今回の|《奇跡》《ギフト》もまた新たな《絆》を見出してくれるだろうと、この国に生まれたものならば誰もが喉から手が出るほど傍に欲しい存在。


ただ、ここ最近の事情としては些か不可解な現象であることには違いない。


「三人目ですね」


ポロリとこぼした言葉に、シアレス様はその時初めて視線をこちらに向けた。


「《誉人》の気まぐれだろう」


少し愚痴になってしまった私の言い方にシアレス様は無表情なままそう言ってまた視線を落とした。


|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》は稀なる存在のために、歴史を遡っても途切れ途切れにしか存在していない事が書物として残されている。今回飛来した雛森琴枝様はシアレス様の能力を持って間違いなく《日本人》である事が分かった。これは覆る事のない事実ではあるが、|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》が重複して生存したという前例がないのだ。つまり、現時点においてこの国に存在している|《奇跡》《ギフト》は彼女で二人目となるのだ。先ほど、三人と主に伝えたのは決して誤りではない。それを理解しているシアレス様は実際に私の発言を正さなかった。


今から五年前にも|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》たる方が飛来された事実は王族が管理する歴史書にも記録されている。その人は類稀なる知性を持った女性であったが、とある事情により国の端に位置するエテナ湖に身を投げたのだ。決死の捜索にも関わらず、彼女の存命は分からず仕舞いで、遺体も上がらなかったのだ。


結局、彼女は元の世界へ戻ったという事実とは異なる情報を歴史書に残すことになったのは、王族が彼女を守りきれなかったという恥を隠すためだ。元の世界へ戻るなどありえない事なのに、だ。


一方、今より十一年前に飛来したもう一人の|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》は今も存命している。


その人もまた女性ではあるが、誰もが羨むほどどの美貌を持ち、慈悲に溢れるお優しい方であった。現在は現国王――つまり、シアレス様の義兄(・・)であらせられるクリフォード様の正妃として娶られたのだ。


そして今回の|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》――雛森琴枝様。


歴史をひも解いても、これほど集中して|《奇跡》《ギフト》がこの地に舞い降りた事例がない。|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》が全て女性である事は誰もが知る史実だ。それはたぶん《誉人》自身が女性であるからだろうという憶測が今のところは有力だ。


まさに五年振りの飛来ではあったが、正直今まで《誉人》が遣わせられたどの|《奇跡》《ギフト》と比べても劣る存在であったのだ。

平凡な容姿、知性のかけらも感じられない下手クソな言葉遣い。本人は気を使っているのかもしれないが、ところどころに可笑しな言葉遣いであることをシアレス様もお気づきのはず。

シアレス様の能力を疑うわけではないが、アレのどこが|《奇跡》《ギフト》でありどのような《絆》を残すのか、いささか疑問が生じてしまうのも無理はない。


《誉人》の気まぐれ――というのは、ある意味で当たっているかもしれないなと思ったのだ。


書類を書き進めるシアレス様を横目に、私は|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》に関する書物に視線を落とした。今後どのように接するべきかを再確認する必要があるからだ。


「それにしても……よく一か月も無事で城下町で過ごされておいででしたね」


率直な意見を述べれば、シアレス様は万年筆の先にインクを付けている途中だった。


本来ならば|《奇跡》《ギフト》たる《日本人》がこの世界に飛来した際、発見されるまでそれほど時間を要さない。

彼女達の外見はこの世界であまり特徴的ではなく、どこにでもある容姿をしているものの、こちらに来たばかりの彼女達は酷く取り乱す。自分達が暮らしていた世界とは全く異なる世界へ唐突にやってきたという事実と、そして何よりこの世界に飛来する《条件》の一つが彼女達を苦しめるのだ。それはあまりにも突拍子もない、この世界においても到底受け入れがたい内容であることは違いない。そういう発言を繰り返し行う女性を発見した場合、速やかに王宮へ報告するというのは国民の義務だ。不届きな国民が居たとしても|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》の《絆》となる際に必要とされる《契》の方法は王族にしか伝承されていない。《絆》となるためには|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》と《契》の方法が揃って初めて役に立つのだ。

しかも先に示した通り、|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》は必然的に《条件》に苦しめられるために一国民がどうできる問題ではないという事も含まれている。


それはこの世界で生きていく上で生涯忘れることのできない《現実》というものだ。


「……シアレス様」

「何だ?」


ポツリ、と呼びかけた声にもシアレス様はしっかりと返答してくださる。文字を書き進める相手に声をかけるのは無礼な行為であると承知ではあるが、シアレス様は逆にソレを嫌う。

後々言いたいことを忘れてしまうくらいであれば、思い出したその時にハッキリ聞いておけというのが我らが主のスタンスだ。その精神にあやかっての行動であるため、シアレス様は私の行為に叱ることなく耳を傾けてくださっているようだ。


「コトエ様に、お伝えしないのですか?」


少し控えめに、それでもいつ自分が口を滑らすかわからない事項のため、これは上司であるシアレス様に判断を仰ぐしかない。

シアレス様は一瞬だけ考えた様子を浮かべられたが、すぐに万年筆を進めながら相変わらず無表情のまま答えを導き出した。


「……彼女は元の世界に戻る事を望んでいる。記憶がないというのは、きっと《誉人》が彼女に与えた幸せの一つだろう」

「……しかし、元の世界に戻る術がないことは周知でございます。いつ誰の口からコトエ様のお耳に届くかなどわかりません。ましてや箝口令を敷く訳にもいきますまい」


危惧している事項を並べれば、シアレス様は顔をあげないまま眉間にシワを寄せた。


「いずれお耳に入る事実でございます。先にお伝えした方が、またコトエ様の幸せとも思われますが……」

「……しかし、五年前の事もあるだろう。まだその時ではないと私は思うが」


珍しく戸惑いの色を浮かべたシアレス様の言葉に、私は思わず口をつぐんだ。


五年前に飛来した|《奇跡》《ギフト》が湖に投身自殺を図った事件――あれはまさしく《現実》に嘆き悲しみを覚えたゆえの末路だ。


確かに今すぐこの《現実》を突き付けるのは早すぎるかもしれないが、いつまでも先延ばしにしておく事項ではないというのも、シアレス様はちゃんとわかっておいでのようで。


「こちらの世界に来る《条件》の最重要項目が《現実》で《殺された》という事実を、このまま放っておく訳には参りませんよ?」


その事実を口にした私に対し、シアレス様は「わかっている」と少しだけ苛立った口調で告げた。


そう――元の世界に戻る術があるわけではない。|《奇跡》《ギフト》達には戻る事を許される世界がないのだ。


|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》という言葉を、現王妃は皮肉な言葉だとおっしゃった。《奇跡》はこの国民にとってまさに《誉人》がもたらした《ギフト》だ。しかし彼女達にとって他人の手によって殺められ、死んだはずの自分がもう一度人生を歩む事を許されたのは、まさに《奇跡》なのだ。

彼女達は自分達が《現実》という世界で息を引き取る一瞬まで記憶に残している。悲しい最期を遂げてしまった未練ある自分達に与えられた|《奇跡》《ギフト》は、ある意味《不幸》だと王妃は嘆いた。


――自分は《不幸》の記憶を背負ったままなのに、この世界へ送り込まれて自分以外の誰かを幸せにする事を義務だとされ、|《奇跡》《ギフト》を起こさなければいけないなど酷い仕打ちだ。


王妃が王妃になる前に嘆き悲しんだ際こぼした言葉は、初めて|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》の存在もまたただの人間であるという事実を突き付けたのだから。


「コトエの記憶についてはこの書簡にも記すことになる。私の一存では決めかねる。彼女に真実を告げるのは難しい課題だ。ここは皇帝陛下に委ねるしかないと思う」


煮え切らぬ口ぶりではあったが、それが最善であることは違いないと私は小さく頷いた。


それにしても、だ。


さきほどは酷く扱き下ろした物言いをしたが、私にとってコトエ様が|《誉人の奇跡》《ほまれびとのギフト》として初めて好意的な意思を示した事項と言えば、この方にあふれんばかりの笑みを与えてくれた事だった。


前皇帝陛下の勅命により、付き人兼監視役としてシアレス様と共に過ごしてきた日々は、ある意味王族の方々よりも長い年月を数えることとなる。


シアレス様がどれだけの仕打ちを受けてきたかは身を持って経験しているし、付き人として任命された際には周囲から同情すら受けたほどだ。それほどまでにこの方の存在は《異端》であった。人の心が読めるという所業は幼いシアレス様にとって当然の事であったが、周囲は当然受け入れるはずもない。


シアレス様の能力が露見したのは前皇帝陛下の正妃様に誘われ、茶会に参加した日の事だ。


シアレス様の母君は側室の一人であったものの、彼を身ごもる以前は身分の低い貴族であり、王宮に仕えた侍女であったのだ。控え目で自分の立場をわきまえ、他の側室を立てるのが非常にうまい女性(ひと)だった。そんなシアレス様の母君、正妃は側室の中でもお気に入りとして扱っていたため、他の側室達から風当りを弱めてくださっていた。無論、皇帝陛下の世継ぎになりうるシアレス様を生んだというお立場も考慮してくださっていたのだが。


「あの人、正妃様の紅茶カップに毒を塗った」


少し離れた場所で他の王子達と戯れていたはずのシアレス様が、突然一人の側室を指さして言ったのだ。先ほど、転がったボールを拾い、シアレス様に手渡してくれた心優しい側室の一人だった。


唐突なシアレス様の発言に周囲は酷い冗談だと喧騒したものの、指をさされた側室は真っ青な表情を浮かべてシアレス様を凝視したのだ。


結論から言えば、シアレス様の発言通りでその側室は正妃様の紅茶カップに毒を塗るよう自分の侍女に指示をした事を自白した。未然に防がれた毒殺事件はその側室を永久に国外追放することで決着がついたのだが、矛先は当然シアレス様の発言に飛び火した。


「だってあの人が僕に触った時、正妃様をようやく殺せるんだから邪魔するなって思ってたんだ」


幼いシアレス様にとって、その発言がどれだけ自身や母君に影響力があるかなど知る由もない。

幾度となく繰り返された実験により、シアレス様には触れた相手の心が読めるという事実が発覚したのだ。命を救われた正妃でさえ、シアレス様に触れることを恐れ、掌を返したようにシアレス様の母君を罵倒したのだ。


――この恥知らず! 王族に《異端》を産み落とすとは何事かっ!


その日から、シアレス様の人生は大きく反転する事となるのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ