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イケメン出ちゃったよ!

お気に入り登録ありがとうございます。

さてと、と心の中で準備をした。


自分を助けてくれたシアレスという人物がどういう家柄かを把握した後、時を待たずして医者が自分の様子をうかがいにやってきた。


男の医師の前に素肌を晒すことは多少のためらいがあったものの、彼は医者なのだと自分に言い聞かせればさほど難しい話ではない。


体を這う包帯をハラリとほどけば、自分の体を引き裂くようにくっきりとした傷痕が目に飛び込む。見た目は浅い切り傷のようだが、しっかりと糸で縫い合わせてあるところを見れば、大きな傷痕であることは変わりない。

これが体に残ってしまうのは嫁入り前の女としてどうだろうと思ってみたものの口には出さない。男に抱かれる機会なんてこの先あるかもわからない心配をしても徒労に終わるだけだと私自身が理解していたからだ。

熱にうなされていた数日間は傷口に膿までできていたと聞いたが、今は綺麗な切り傷のみが残る。ぐちゃぐちゃになった傷口を持つ女など、それでこそ男は目をそむけてしまうだろうから。


そう考えれば自分に施された治療は大変ありがたいものだと思わずにはいられない。

経過は良好。抜糸はもう数日様子を見てから行うことを医師の口から聞いた後、隣で診察を待っていてくれたセリハに湯あみではなく体を拭くだけに済ませた方がよいと進言して、医者は部屋を後にした。湯あみの準備をしていたセリハは酷く残念そうにしていたものの、私は仕方がないよと笑う。


せめて頭は洗いたいなとポツリつぶやけば、セリハは新しい仕事ができたことに喜びを感じたらしくパッと表情を明るくして髪を洗うために大きな桶に湯を張ったものを用意してくれた。


自分でやると言った私の申し出をきっぱりと断り、セリハは私の髪をぬるま湯でゆすいでくれた。

熱を出していた際に酷く発汗していた髪は、一度洗うだけで綺麗になることはない。別のメイドに手伝ってもらいながら、幾度となく桶の湯を新しいものに張り替え、私の髪を丁寧に洗ってくれたセリハの心遣いをありがたく頂戴する。


自分でもわかっていたが、私は髪の量が非常に多い。洗った後はかならずぼわりと膨れ上がってしまうため、黒髪だと余計にその重さが見た目に増すのを理解していた。

馴染みの美容室に通う度に髪を梳いてもらっていたものの、せめて見た目の重苦しさを取り払うため色を明るくし始めたのも社会人になってからだ。


この際、長い髪は面倒だとばっさりボブショートにしてしまったら楽だったが、如何せん私はがさつだった。

手入れが行き届かないまま寝癖をはねさせて出勤し、同僚に指を差されて笑われる事が多かった。髪が短ければ尚更の事だと同じ年の綺麗な同僚が言ってくれたのだが、なるほど、と思う程度で自分の容姿にそれほど手間とお金をかけることはなかったのだが。

髪を洗ってもらった後、体を丹念に湯で濡らしたタオルで拭き取られた。さすがにそれは自分でやると申し出たが、それも却下された。メイドの強みというのはただ一言に集約される。


「わたくしの仕事を取り上げるおつもりですか?」


これを言われれば何も言えなくなるのだ。


現代社会の荒波にもまれ、世知辛い世の中から責任逃れのドロップアウトを行い、派遣社員として落ち着いている私にその言葉は悲痛の叫びに聞こえる。


仕事がないことほど辛いものはない。


私自身、仕事をコロコロと変えてようやく今の仕事に落ち着いているのだから、仕事がない辛さは誰よりも知っているつもりだ。


正社員であった時ももちろんあったが、新人教育をしない職場であったため、仕事がなければ自分で作れと言われたこともある。仕事を見て盗めと言われたこともあったけれど、それって横暴だと思うわけ。自分の忙しさにかまけて新人教育をしないっていうのは言い訳にはならないし、もし新人が間違ったことを覚えたらそれでこそ責任が重くなるって考えた事ないのかな? まぁ新人も新人で与えられた仕事のみってわけにはいかなくて、色々と気を回さなければいけないというのも当然ある。ただ右も左もわからない子供に道しるべとなる地図すら渡さないというのは、やっぱり違うんじゃないかなぁ? ってのが本音。

その考え方が甘いと言われればそうなのかもしれないけれど、新人だった頃の私自身を振り返れば、私の下にどんどん入ってくる新人たちに同じ気持ちはさせたくないなと。


派遣社員とか腰掛けでしょ? って言われることも多々あるけれど、私は今の仕事が大好きだ。腰掛けだと言われても仕方ないけれど、なんだかんだとこの仕事を五年も続けていれば、周囲からの目線も少しは変わってくる。


誰でもできる仕事だけれど、その中で自分にしかできないことを探すというのもまた楽しいのだ。仕事の内容を友人に伝えたものならば「絶対無理! 私だったら耐えられない!」と、損得を考えれば確実に八割の人間が損だという内容だけれど、私は得の方が多いと思うし自分の性格にも合っているからいいのだと言えば、友人は「無理しないでね」と優しい声をかけてくれるからそれでいい。


つまりのところ、仕事って大事だよね! ということを伝えたかったわけですが。


羞恥というのはそう簡単に捨てられるものじゃない。彼女の生活がかかっている仕事と言われるならば仕方ないと分かっているのに難しい。洋服は自分で脱ぐということだけは譲歩していただいて、なまった体がギシギシと妙な音を立てるものの、ゆっくり衣類を脱ぎ去ることに成功。上半身には下着がなく、文字通りパンツ一丁になった私は自分の腹部を見てちょっと歓喜してしまった。


「なんか痩せてる!?」

「一週間も飲まず食わずだったので当然ですわ。健康的でない痩せ方ですので、あまりお喜びになりませんよう」

「でも、贅肉ついてたからなぁ」

「以前のコトエ様も充分魅力的な体型をなさっておいででしたよ?」


何それ、この世界ってデブ専多いの?


とかは言えなかったけれど、確かに太っているというのは裕福そうにも見えたのだろう。レアン食堂で働いていた時もそういう話題は耳に入ってきた。

どこどこの男爵令嬢がまた太ったらしいとか、どこどこの子爵令嬢が太っているのを理由に縁談を断られたらしいとか。逆にあんな太ったどこどこの侯爵令嬢が美男子と噂のどこどこ侯爵に嫁いだから驚きだって噂もあった。

小説みたいに美妃揃いっていうのは難しい話なのかと料理を運びながら思っていたのは内緒にしておこう。

人の美的センスに文句つけるのイクナイ。


痩せた痩せたと喜ぶ私に、相変わらずセリハは「不健康な痩せ方で喜ぶべきではありません」と頬を膨らましながら叱咤する。どんな痩せ方であれ私にとっては理想的よりちょっと太めのプロポーションになってしまったのだから、喜ばずにはいられないのだ。

無抵抗に両手を広げた状態の私の体に、セリハは濡れたタオルを這わせて丹念に表面を覆う不快感を拭きあげてくれる。気持ちいなと目を細めていると、腹部を拭いてくれていたセリハが「あら?」と声を上げた。


「コトエ様? 以前にも大きなお怪我をされていたのですか?」


セリハの言葉に一瞬遅れたものの、私が「うん?」と彼女を見る。セリハは一瞬私の顔を見たのちに、私の腹部を指さして「ほら、こちらです」と視線を誘導してくれた。


「……あれ? 本当だ。なんだろこれ?」


それは身に覚えのない傷だった。


蒼の騎士に切られた大きな傷とは違い、右腹部にいつの間にか存在した傷。

小さな刃物で深く刺されたような傷口だったけれど、今回の傷口のように塞がっている様子はなく、ぱっくりと割れたままになっている。


自分でも気持ち悪っ! と声を上げそうになったんだけれど、傷口の中はすでに皮膚の代わりなのか、赤黒い膜が覆っていて痛みは一切ない。まるで血が固まったような傷口で、きっと相当痛い思いをしたはずなのに、私には一切記憶がなかった。


今回切り付けられたのは私の記憶の中で一度きりだったし、今の傷に比べて随分古臭くも見える。


「……なんだろ? いつやらかしちゃったかな?」

「記憶を失う以前の傷ではありませんか?」


ボソッとつぶやいた私の言葉にセリハがあっさりとそう答える。


そういえば、そんな設定でした。と、思い直して「そうかもね。でも痛くはないから大丈夫だよ」と答えれば、セリハはホッと安心したような笑みを浮かべて自分の仕事を再開した。


一通り体を拭き終えた後、別のメイドさんが持ってきてくれた新しいパジャマに袖を通した。

シルク地の白いワンピースは襟元に小さなフリルがあしらわれている。袖口にも同じものが控えめにあしらわれているけれど、正直こういうフリルが一番似合わないと自分で理解している。


日本に居た時はどちらかと言えばかっちりとした服装の方が多かった。


仕事場は社会人らしく乱れのない服装であれば、基本的には自由だったけれど、社外のお客様と会う機会もあった私はここに来た当初の服装であるリクルートスーツを着用していたし。スカートが嫌いでパンツスーツを好んで着用していた手前、スカートという存在自体、遠慮したいのが本音だ。


窮屈な包帯を遠慮して、未だしめった髪をセリハが丁寧に梳いてくれる。ようやく全体的に清潔感を取り戻したところで、セリハが私に伝えてくれた。


「先ほど、シアレス様がお戻りになられたようですので、準備が整った次第をお伝えしてよろしいですか?」

「あ、うん。はい」


先ほどっていつの間にそんな情報が入ってきていたのかと思いつつ肯定の返事をすると、セリハは笑顔で答える。しずしずと足音を控えめに部屋を後にしたセリハを見送って、私はようやく束の間の個人の時間を得ることになったのだが。


ふぅっと大きく息を吐いた時、耳に飛び込んできたノックの音に思わず身を固くする。


本当に束の間すぎるだろ! というツッコミを呑み込んで「どうぞ」と上擦った声で返事をした。


私の返事を待ってからゆっくり開かれたドアから入ってきたのは、夢うつつで見た男性だった。

落ち着いた雰囲気を全身から醸し出し、無より少しだけ柔らかいイメージの表情を浮かべながら入ってきたその人。


黒のショートレイヤーをベースにした爽やか短髪系。身長は180前後といったところ。スラっとした体格がうらやましい。

この世界では初めて出会う、ルビー色の冷たさを秘めた瞳。黒い薄手のハイネックと、同じく黒のチノパンはほっそりとした――けれど鍛え上げられた筋肉でできていることを教えてくれるエレガントな足の長さを演出中。腰に巻き付けたブラウンのベルトには短剣が携えられている。

編み上げの黒いブーツは軍事用と思われるが、彼のスタイルによく似合う。


ここまで彼の容姿をお伝えしてきたけれど、ここだけはお伝えしたい一押しポイント。


吊り目! くっと左右に持ち上がった吊り目!


何を隠そう吊り目フェチな私。キリッとした狐のような目が大好きだ。これで眼鏡をかけてくれたら私は充実感から萌え死ぬことができるんじゃないかと思うくらい、理想的な目をしていた。


イケメンか!? イケメンなのかっ!? と問われれば、何を基準に言えばイケメンなのか理解していない私でも、答えは否というものを用意したい。

どこにでもいる顔立ちではあるが、整っているとも思う。曖昧だけれど、敷いて言うなれば中の上くらいという評価。私の評価基準はあまり期待しない方がいいと先に言っておくべきだった。


だって吊り目だったら私、誰でもイケメンに見えるし。


「気分は?」


少し低くも通る声が私の体調を尋ねた。

呆けて見つめ過ぎていた自分の態度を改め、私はハッとしながら深々とお辞儀をする。


「おかげさまで快調とまでは言いませんが、以前より随分とよくなりました。本当に助けていただいてありがとうございます」


お礼も忘れずにと一呼吸置いて顔を上げると、彼は入口に立ったままじっとわたしを見つめている。


……うん? なんか敬語ヘタクソだったかな?


思わず首をひねっていると、彼の後ろから一人の男性が顔をのぞかせた。


「シアレス様。あまりお近づきになられませんよう。相手は得体も知れぬ女ですゆえ」


わーい、失礼だー。とか思ったけど自重。


そりゃ得体も知れない女ですけど本人を前に言うことじゃなくね? というのも自重。

少し驚いたけれどすぐに笑みを取り戻した私に対し、彼は少しだけ眉を潜めて自分の背後に控える人物に視線をずらした。


「タリア。彼女は命の恩人だよ」


私を不作法な言葉で陥れようとした人物に対し、優しい口調で窘めた彼。いい人だなぁと思いながらようやく彼の後ろに控えている人物が視界に入る。少しだけ頭を垂れていたその人は「それは失礼しました」と心のこもっていない謝罪を浮かべる。

ようやく下げた頭を起こした人物を見て、私は思わず絶句した。


で、で、でたー! イケメン!


たぶん、猫だったら全身の毛が逆立つ感覚。警戒心より拒否反応と言った方が正しい。


銀の髪を後ろで束ね、先に入ってきた黒づくめの彼よりも細い切れ目を持ち合わせている。


鼻筋も高く、なんといえばいいか顔のパーツすべてが適切な個所に配置されています! って感じ。わかりにくい? わかって。妄想力でカバーして。


とにかく銀髪のイケメンは本当に警戒心むき出しの冷たい目で私を見ている。


あまりの理不尽さにイケメンよこせとか言いましたが、私実はイケメン苦手なんだよね……。こう、なんていうか。自分に劣等感しか覚えないからなんですが。羨ましいくらいの美貌って本当嫌だ。しかも異性だったらなおの事太刀打ちできないし。


頑張って視線をそむけながら、尻ちっちぇくらいしか思わないです。はい。


そんな二人組が私の元に歩み寄ってくるのに反応が遅れてしまったのは許していただきたい。

ハッとした瞬間には黒づくめの彼――シアレスが私の顔を覗き込んでいる。その後ろでタリアと呼ばれた人物が不服そうに様子を眺めていて。

シアレスの行動を止めないままタリアがジッとしているのを不思議に思いながら見ていると、目の前に居たシアレスがふと私の額に触れた。


「熱はなさそうだね」

「あ、はい。おかげさまで」


間近で見るシアレスの姿はやっぱり好きな顔立ちだ。日本人にはない自分に向けられた瞳の色にちょっとだけドキドキする。おお、眼福だぁと思いながらも彼の冷やかな掌を額で堪能しているが、私の返答を聞いてもそこから手を離そうとしない。


なんか、あったのかな? と思いつつ、未だに離れていかない掌の冷たに喜びを感じていると、今まで表情をピクリとも変えなかったシアレスが酷く眉間にシワを寄せてそれから驚いたように身を引いた。


そんな彼の行動に驚いたのはもちろん私も同じで。


「シアレス様?」


彼の行動を不可解と思ったのは、控えていたタリアも同じだったようで。私がうん? と首をかしげた途端、シアレスの一言で空気が一変した。


「君は……日本人か?」


……なんですって!?

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