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誉人の護衛選出 ■sideキース

カツンッ、カツンッとテンポよくナイフが突き刺さる。

薄い木の板に小さな丸を大きな円が囲むその的に、自分が投げたナイフが中心の円から上下にまっすぐ線を描いて突き刺さっている。

騎士としては不毛過ぎる鍛錬ではあるが、これ以外に取り柄がない俺は黙々と自分の腕を磨き続ける。

的から30歩ほど離れた距離から静かに後退し、足して50歩を数えたところでもう一度的に振り返る。


投げたナイフがガッと音を立てたのは、中央に刺さっていたナイフの柄にあたったからだ。


刺さることなくその場に落ちたナイフにため息を漏らしながら、自分に向けられる視線に耐えられずに振り返った。


「何か用か?」


ぶっきら棒な言葉遣いになったのは仕方がないことだ。

こんな場所でこんな事をしているのは俺くらいで、騎士としての役目を果たさない技術ばかりを繰り返す俺を、他の騎士達は鼻で笑っている事をよく知っている。


ソイツも違わずに同じ事を考えているのだろうと振り返れば、彼女は何もない場所に尻をどっかりと据えて無言のまま俺の動作を延々と見ていた。


「……すごいですね」

「嫌味か」


ポツリと呟かれた言葉に対し、俺はフンッと鼻で笑って返せば、彼女は少し驚いたように目を見開いたものの、すぐに首を傾げて見せる。


「褒め言葉だったんですけど」


なぜ嫌味と取られたのか理解していない様子の彼女が、今まで俺に皮肉を言っていた連中とは違う反応だったことを不審に思わずにはいられない。

どういうことだとこちらが問いたいと思いながらも彼女をまじまじと観察すると、なるほど、新米の女性騎士だったかと納得した。


多くの騎士が在籍する本部であったとしても見慣れない顔というのはなんとなく理解できるものだ。彼女が身に付ている長袖の黒いハイネックと黒いチノパン。編み上げの黒いブーツは騎士団に所属している者にしか配布されない。


ハイネックに縫い付けられた腕章は団章が掲げられているが、所属部隊を表す数字が入っていない――ということは新入りであるという証拠だ。


しかしながら騎士らしくない背格好に俺は首を傾げたくなった。


例え女性であったとしても、騎士段に所属するからにはそれ相応の体格が必要となってくる。体格すなわち体力が目に見えてわかるものさしの一つになるのだが、彼女にはそれがない。

在籍する女性騎士は明らかに筋肉の付き方が普通の女性と違うと一目でわかるのに、彼女はまるで一般人だ。


とびぬけて美人というわけではないが、ふくっとした白い頬には大きなガーゼが貼られており、自分に向けられている黒い瞳は深い色だと思う。

栗色のボブショートはサラサラと揺れ、明らかに他の女性騎士よりも背が低く、体つきも騎士団に所属する人間からしてみれば丸みがある。決して太っているというほどでもないのだが、鍛えている人間から見ればその体型の違いは明らかだ。


どうやったらその体型で騎士団の入団試験に合格できるんだよ。


騎士が不足しているわけでもないのに、彼女を見れば皮肉も言いたくなる。

苛立ちを隠しきれなくなった俺が視線を外しながら思わず「チッ」と舌打ちをしてしまえば、彼女は先ほどよりもまん丸い目をして見せたのだが、すでに背中を向けてしまった俺は気づかない。

無言のまま的に刺さったナイフを回収すると、彼女の存在を無視して本来居るべき鍛錬所へと足を運んだのだった。


 ◇◆◇


不可解な新米の女性騎士と出会って数十分後、鍛錬所に怒号が響き渡った事により思わぬ再会を果たす。


周囲の視線が一斉にそちらを向くと、それほど強そうにも見えないひょろりとした男が、見慣れない女性騎士の胸倉をつかんで宙に浮かせているのが視界に飛び込んだ。


あー、またやってるよ。


周囲の反応は冷たいものだった。


我関せずと言ったようにすぐに視線をそらすものもいれば、彼より上の立場の人間が「やめとけよー」と軽く言うだけで完全な仲裁はしない。

それが日常茶飯事だと知っているし、何よりアイツの行動一つで辞めてしまう程度の騎士はこの場に相応しくないとの判断からだろう。


近衛騎士団とは何も王族の周りに居るエリート集団のみを差す言葉ではない。


すべての国家騎士が所属する騎士団の総称であり、国の端から端にまでまんべんなく派遣されている騎士もまた、近衛騎士団に所属しているのだ。

今は女性騎士の姿もちらほら見受けられるのだが、昔から騎士は男が憧れる職業として常に公言されていたため、女性騎士を嫌う者も中には存在する。それは騎士団に所属する人間であっても、だ。


「俺はなぁ! 女風情が誉れ高き騎士団に所属する事自体が気にくわねぇ! どうせ男を漁りに来たんだろうがな! 言われた仕事くらいきっちりこなせよ!」


唾を飛ばしながらガクガクと女性騎士の胸元を揺らす男に対し、周囲の誰もが「お前が言うな」と心の中で罵声を浴びせただろう。男尊女卑も甚だしい。

が、実際にそれを口にするものは誰ひとりとしていない。怒鳴り散らす男が第三部隊に所属する騎士の中でも特に有名である、オルゲルト=スタームであるとわかっているからだ。


近衛騎士団は第一から第十部隊までの十部構成で成り立っている。第一に所属する騎士はエリート中のエリート。


数字が大きくなるにつれて落ちこぼれというレッテルが貼られるのだ。ゆえに第三部隊に所属するオルゲルトはエリートだと周囲は思っているが、実際の一般認識は異なっている。


第一、第二部隊は正真正銘のエリートであるが、第三部隊は些か厄介な存在が所属する部隊なのだ。


第三部隊の主な仕事は「要人になりうる人物の警護及び施設の警備」であるが、所属する騎士は皆、貴族出身のそう言った意味でのエリートが多い。それなりの実力しか伴わないにも関わらず、親の権力を振りかざした馬鹿子息達の集まりだ。当然、貴族だからといってそう言う連中ばかりが集まっているわけではない。


貴族の権力を持って騎士団に入隊した連中は、一度第三部隊に所属する事にはなるのだが、実力が伴えばそれなりの処遇があり、部隊の異動が上から降りてくる。しかしオルゲルトという男は騎士団に入隊してから一度も第三部隊から異動したことのない、いわゆる典型的な貴族様だったのだ。


ああ、またか、と思わず俺もため息が漏れた。


たまたま居合わせたとは言え、見たいものではなかったなと心の中で悪態を吐く。


俺――キース=リヴィンも幾度となくオルゲルトの被害者となっている。体のいい八つ当たり対象として、鍛錬所を歩いていただけで何かとやっかみを受ける。

子爵の家に生まれたオルゲルトにとって、城下町のはずれで生まれた貧乏商家の俺は鼻先で笑ってしまうほどのクズらしい。灰色の短髪と青色の目が気に喰わないのだそうだ。


おいおい、俺みたいな容姿をしている連中は山ほどいるぞ? といいたいが、彼にとって俺は例外らしい。

もう、好きにしろと言いたいくらいの自分本位なオルゲルトを、いつしか相手にしなくなっていたのだが。


まずいな……。


未だ女性騎士の胸倉をつかんで離そうとしないオルゲルトの様子を遠巻きに見ながら、心の中でつぶやいた。


オルゲルトは騎士とは思えないほどひょろりとした背格好をしているが、騎士である事には違いない。一方の女性騎士は見慣れない顔――違う、あの時あったあの新米の女性騎士だとすぐに思い直した。


おいおい、新入り(おまえ)かよ――。


やはり厄介だなと思いながらもどうしようかと周囲を見渡すも、連中も慣れた様子で遠巻きに見つめるだけで助けようとする人間は存在しないようだ。


はぁ……関わりたくねぇなぁ。


そう思いながらも俺の足はしぶしぶとオルゲルトの居る方向へと歩みを進め始めた。


「おい、オルゲルト。新入りに八つ当たりしてんじゃねぇよ」


半ばぶっきら棒になったのは、面倒くさいという気持ちが言葉に乗ってしまっただけだ。


俺の発言に新入りとオルゲルトの視線が向けられたのに、周囲も同じ反応を見せる。


「キース! テメェんトコの新入りか!」


貴族とは思えないほど下品な言葉遣いに、俺は相手にするのも嫌だという表情をありありと浮かべて応戦する。


「ちげぇよ馬鹿。いいから離してやれよ。お前の八つ当たりで何人の新入りが退団したと思ってやがる」


彼が今まで行ってきた悪行を並べれば、オルゲルトはフンッと鼻を鳴らしながらも胸倉をつかんでいた彼女を俺の方へと突き飛ばした。


「っ!」


勢いよく突き飛ばされた彼女の小さな体を思わず受け止めた俺は、その体の柔らかさに驚いた。


ちょっ、筋肉が見当たらねぇ!!


突き飛ばされた彼女に「大丈夫か?」と小さく声をかければ、彼女は突き飛ばされた衝動を抑え込みながら「すみません」と小さくこぼす。

後ろから支えながら顔を覗き込めば、やっぱりさっき俺に嫌味を言ってきた新米の女性騎士だった。


ゆっくりと両足を踏ん張って立ちなおした彼女から手を離すと、負けん気の強い視線でオルゲルトを睨む。


その負けん気は買いだと思いながらも、どうどうと彼女を落ち着かせる素振りを見せる。


「第一な、俺の発言程度で退団する程度の騎士はここに居らねぇんだよ!」


当たり前だとも言いたげに見下した発言をするオルゲルトだったが、俺は思わず賛同するしかない。


が、いつまでも怒りが収まらないらしいオルゲルトを見て、俺は自分の前に立つ彼女に背後から身を屈めてこっそりと耳打ちをした。


「お前、アイツに何したんだよ?」

「……偉そうに飲み水汲んで来いって命令されたから塩混ぜた塩水渡した」

「ぶほっ!」


そりゃいい気味だと思わず笑えば、オルゲルトに聞こえていたのか彼はますます顔を真っ赤にして目の前の新米を指さす。


「貴様! 俺にそんなことしていいと思ってるのかっ!」

「知らない」


怒鳴るオルゲルトに対し、彼女がすっぱりバッサリと発言したことがますます俺のツボに入ってしまい、爆笑してしまうのも無理はない。周囲も同じだったようでクスクスと遠慮がちな笑いが起こったのを確認し、オルゲルトはわなわなと震えだして。


しかし、次の瞬間には何を思ったのかすぐに冷静さを取り戻し、オルゲルトは腕を組んでフンッと鼻を鳴らした。


「まぁ、貴様のような落ちこぼれの知り合いであれば、俺を知らずとも無理はない。おい、貴様。今回の事は心の広い俺の事だから許してやるが、二度目はないと思え。第三部隊に所属するオルゲルト=スタームに逆らっては騎士団に居られると思うなよ」


お前に何の権限があるっていうんだ。


とは思っても言えず、再び鼻を鳴らしながら立ち去っていくオルゲルトの後姿に、ホッと胸をなでおろす。彼も彼なりに子爵の跡継ぎとして自覚があってよかったとつくづく思ったのだが、ふと視線を下せば目の前に居た女性騎士が俺を不思議そうな顔で見上げていた。


「あの」

「なんだ?」

「助けていただいてありがとうございました。巻き込んでしまってすみません」


当然のように彼女の口から流れ出た感謝と謝罪の言葉に、俺は思わず笑みを漏らす。さっきは練習を邪魔された揚句、嫌味を言われたかと思っていたのに、普通にいい子だったのかと再認識する。

彼女にとってさっきの自主練で呟いた言葉は本心だったのかもしれないと思えるほど素直な態度に好感が持てた。


「いいって。それよりお前、入団したばっかりだろ? 入団早々、アイツに絡まれるなんてツイてねぇな」


オルゲルトの事を知らないとなれば、彼女は入団したばかりだろうと推測できたためそう言葉をかければ、彼女は「はぁ」と間抜けた返事をしただけで特に気にも留めていない様子だ。


普通、出会った早々にオルゲルトにあんな態度を取られては、男であってもビクビクとするのに彼女は肝が据わっているらしい。


騎士たるものそれくらいの器量がなければ、と彼女の態度に好印象を受けていると、彼女は視線を泳がせたあともう一度俺を見上げた。


「すみません、彼に絡まれる前まで人を待っていたんですけど、第一執務室? はどちらでしょう?」

「なんだ、お前迷子か?」


驚いて聞き返せば、彼女は視線を下げて困ったように眉尻を下げた。

もしかしてさっき俺の練習を眺めていたのも、練習が終わってからそれを聞こうとしていたのか? そう思うとそれしか思い当たらなくなり、なんだと肩すかしを喰らった気になる。

眉尻を下げて迷子を指摘した俺に対し、彼女が申し訳なさそうに小さく頷いたのを見て思わず爆笑してしまった。


「連れてってやるよ」

「いいんですか? 練習……鍛錬中だったのでは?」

「第一執務室はそんな遠くねぇし。つーか、お前の教育係はどうしたんだよ? お前が待ってた奴って教育係だろ?」

「……はぁ、まぁ」


歯切れの悪い返事に少しだけ違和感を覚えるも、新入りで緊張しているのだろうと勝手な解釈をして会話を続けた。


「新入りのお前から目を離した教育係にも一言文句言ってやらないと気が済まねぇ」

「私が勝手に迷子になっただけですから」

「本来であれば新入りのお前に手持無沙汰の時間を作るのが可笑しいってことだよ。そういう暇を与えないのは教育係の役目だ。手持無沙汰にしてたからオルゲルトに目ぇつけられて、しないでもいい事させられたんだろ」

「……そっか。そういうものなんですね」

「そういうものなんです」


あっさりと俺の意見を受け入れた彼女の態度が微笑ましくなって、思わず頭をガシガシと撫でれば、彼女は俺の手の動きに少し遅れて体をぐらぐらと揺らす。


これくらいの動作で釣られるようじゃまだまだだなと思いながらも彼女の頭から手を離せば、彼女はふふっと嬉しそうに笑って。


「お手数ですが、お願いしてよいでしょうか?」


彼女の申し出に俺は一歩を踏み出すことで応えた。


 ◇◆◇


「無知で申し訳ないんですが、あの人が言っていた第三部隊ってどういう部隊ですか?」


俺の歩調が速いらしくぴょこぴょこと小走りで俺の隣に並びながら尋ねてきた。


俺は「あー」と言いながらも新米である彼女に本当の事を伝えるべきか否かを迷った挙句に、本当の事を伝えることにした。


「第三部隊っつーのは、要人になりうる人物の警備・警護隊を主に仕事としてんだけどな。所属してる連中はどこぞの貴族出身のご子息サマばっかりで、実力はそれほどねぇんだ」


要約して伝えた俺の言葉に対し、彼女は納得した様子でオルゲルトを思い出している様子だ。


「いわゆる馬鹿貴族って事?」

「お前、遠慮ねぇな」


もしかしてコイツも貴族か? と思いながら彼女を見下ろすが、いささか俯き加減の彼女の表情を伺うことはできない。


何か思案している様子だったものの、歩みを止めないまま彼女は再び顔を上げると少しだけ言いにくそうに次の質問を繰り出してくる。


「あなたは、その……なんで落ちこぼれってあの人に言われてたんですか? あなた、あんなに上手にナイフを使いこなしていたじゃないですか」


遠慮がちながらも内容に遠慮のない彼女の発言に、俺は少しだけ眉間にシワを寄せてしまった。


「あー……そりゃ、なんだ……俺が第九部隊所属だからだろうな」

「第九部隊?」


オウム返しに尋ねてくる彼女に、俺は灰色の髪をかきむしるように撫でながら視線を逸らしたまま続けた。


「ここは第一から第十部隊で構成されてんだけど、数字が大きければ大きいほど落ちこぼれだって認識が強ぇんだ。お前みたいな新入りは大抵第十部隊の所属から。第十部隊は新米騎士を育てる部隊。だから正真正銘、第九部隊がクソってわけだ」


自分で言っていて落ち込みそうになるけどな、と加えるように言って笑って見せたが俺の心は沈んだ。


いつだって第九部隊はそういう扱いだ。


いくら新入りが入ってきたところで、第十部隊から第九以外に異動した連中は、慕ってくれていた新人時代を通り越せば俺達を見下す。


どんな苦境でも、第九部隊よりはマシだと見下すことで自分達のモチベーションを保っているのだ。


仕方がないとわかっていても自分より若い連中が活躍しているのを見るのは心苦しい。


時々退団さえ考えてしまうのだが、商家の息子であるものの三男坊な俺にはこれしかない。騎士の道無くして他の道を歩む術を知らないのだ。


臍をかむ思いで遠くを睨んでいた俺に対し、彼女は静かに口を開いた。


「なんで、落ちこぼれなんですか?」


その言葉に俺は思わず息を呑んだ。


普通であれば慰めであったり励ましであったり、この事実を口にした俺に対して周囲はそういう言葉を口にするのに対し、彼女は唐突に理由を求めてきたのだ。トラウマにも近い理由を聞きたがるとはよほどの勇者であるらしい。


しかしそれは下手な慰めや励ましよりも嬉しく思えたのは間違いではないだろう。


「俺、長剣苦手なんだわ」


あっさりと自分の弱点を告白したことに、彼女は少し驚いた様子だったし、俺自身もこんな簡単に口にできるのかと驚いた。


「騎士っつーのは長剣使いこなせて当たり前なんだけどな。長剣よりも短剣の方が手に馴染むんだ。模擬試合は長剣が必須だから、いつも負けちまう」

「そうなんですね」


知らなかったと言いたげな彼女の表情に、俺は思わずおいおいとツッコミを入れたくなった。新米であっても騎士団に所属する人間としては常識だろうと言いたかったが、彼女はその常識を知らなかったのだ。


「でも短剣は必要ですよね?」

「長剣ぶん回すことが出来ねぇ時はな。短剣の鍛錬も必要とされてるが、戦争では戦力になんねぇ」

「貴方みたいに投げたらいいんじゃないですか?」

「そんな使い方すんのは俺だけだ」

「え?」


そうなの? と首をかしげてくる彼女の姿を横目に、俺は苦笑いを浮かべながら説明した。


「騎士ってのは長剣だろうが短剣だろうが、それを手から離すっつー行為は降参、もしくは命を手放すに等しい行為だ。剣は騎士の命。俺の特技は騎士にあるまじきっていつも批判されてる」


これしか取り柄がなかった自分にとって、入団当初に受けた周囲からの批判はプライドがずたずたに切り裂かれた。


幼少の頃に近所の連中とつるんでやっていた遊びの一つに的当て競争があった。家の近所にあった小さな森の木にしるしをつけて、どれだけ遠くから当てられるかを競ったのだ。

時々森の奥の木にしるしをつけ、木々の隙間を縫って的に小石をぶつけるという高度な競争に発展しても、俺は負けなしでそれが得意だったのだ。

いつしか競争する相手もいなくなっていったが、俺はどんどん夢中になっていた。握りしめるものを小石から小さなナイフに、次第に短剣へとシフトしていったが百発百中で当てられる。

目を閉じても当てられるし、後ろを向いた状態でも中心とは言わずとも的の範囲内に突き刺すことができるようになったのは、俺の誇りでありアイデンティティみたいなもんだった。


片手間に長剣を練習し、ようやく騎士団の門をたたいたものの、入団試験で練習試合以外に得意な型を見せろと言われ、短剣を投げた時の試験管の顔を忘れられない。

唖然というより、信じられないといった表情を浮かべ、俺もその反応に満足していたものの、次の瞬間に返ってきたのは試験管からの罵声だった。


――騎士たるもの、剣を投げるとは言語道断。


この時、初めて俺は剣を手放すという行為が騎士にとってあるまじき行為だと知ったのだ。


高揚した気持ちが一変し、確実に落ちたと思っていた入団試験で俺を拾ってくれたのは第九部隊の隊長だった。

唯一俺の特技を才能だと褒め、自分が引き取るからという前提で入団することが許されたのだが、すでに入団試験時に出来上がっていた「命乞いをする騎士」というレッテルは、入団してからも延々と言われ続けたのだ。


短剣なら誰にも負けねぇのにな、と自嘲気味に零せば彼女は驚いた表情を崩さなまま立ち止まった。


そんな態度に俺も思わず足を止めて彼女をしげしげと見つめれば、彼女は俺の顔をじーっと見つめ、それから嬉しそうに笑って見せる。


「どうした……?」


思わず声をかけたが、彼女の口が言葉を発するより先に後方より俺の名を呼ぶ声が聞こえた。


「キース!」


勢いよく振り返れば、慌てた様子で青銀の髪をなびかせながら駆け寄って来たのは俺の上司だった。


「オルガ隊長」


俺が彼の名前を呼ぶ頃には、すでに彼の姿が目の前にあった。


入団試験の時に俺の特技を才能と褒め、拾い上げてくれたその人――オルガ=リュフォン第九部隊隊長だった。


温厚な性格で人望も厚いオルガ師団長に尊敬の念を抱かないものはいない。いくら落ちこぼれ集団だと言っても、部隊をまとめる力量は間違いなく本物だ。


「今いいかい?」


オルガ隊長の言葉に俺はチラリと背後に居る彼女に視線を向けたところ、彼女は小さく肩をすくめて了承的な態度を示してくれた。オルガ隊長に向き直った俺はピシッと背筋を伸ばして「はい」と短く告げる。


「今から模擬試合会場へ行ってくれないか?」

「模擬試合会場……ですか?」


唐突だなと俺が目を丸くしながら答えると、オルガ隊長は頷きながらつづけた。


「シアレス団長のご希望で、君の実力を見たいらしい」

「し、シアレス団長!? なんで!?」


騎士団の中で最も権威のある人物の名が出た事に、俺は戸惑いを隠しきれなくなった。

シアレス団長と言えば王族でありながらも王位継承権を放棄したお方で、皇帝陛下から大公爵の爵位を拝命している。噂ではその手一つで人の心を開かせる《異端》たる存在であるが故に恐れられてもいるともいうが、武人としてのシアレス団長は騎士と名乗る人間だれもが憧れる存在だ。

本部のここでさえ見かければ幸運だと言われている雲の上の存在で、彼の剣術を目にした者は一瞬にして虜になるという。


「先日《誉人の奇跡》がこの国に渡られたのはすでに知っているだろう? 《誉人の奇跡》の護衛にあたる騎士を選出されていたんだが、各部隊から二、三人候補を上げろと言われていてね。うちの部隊からはキース、君を推薦していた」

「なっ! ほ、本当にっ――本当ですか!?」


奇声に近い叫び声を上げた俺に対し、オルガ隊長はにっこりと笑みを浮かべてみせる。

途端、胸に湧き起った感情をどう表現したらよいかわからなかった。

落ちこぼれと、腰抜けと言われ続けた俺に対し、オルガ隊長は決して短剣の鍛錬を怠るなと根気強く言ってくれた。

いつか必ずその力が役に立つと言い続けてくれた事で今の俺があるのだ。


「さ、急ぎなさい。何しろ時間をかけて選出する予定が《誉人の奇跡》の希望により、早々に決める必要が出てきたらしくてね。集まった他の候補者から順次模擬試合を組んでシアレス隊長にご覧いただいているんだ」

「模擬試合の形式って――」


自分にとって一番重要な部分だけでも把握すべく質問を繰り出せば、オルガ隊長はいよいよ嬉しそうに笑って。


「候補者にとって一番の得意分野を披露するべし」


自分の腰に据えていた特注のナイフケースにそっと触れながら、緊張と喜びから乾ききった喉を鳴らした。

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