第16話 マンデー
キオクシア株は、6月3日の寄り付き直後から80,000円を突破し、一時83,000円をつけた。
この時点で俺の資産は5千万円をゆうに超え、6千万円の大台が見えていた。
だが、ここまで急激に上昇すると下落も早い。
80,000円を突破したことで、利益確定売りに押されてじわじわどころか、ジェットコースターのように下げ、78,000円で引けた。
つまり、一日で5,000円の値動きがあったわけだ。
考えどころだった。
再び80,000円を超えるのはすぐのような気もするし、ダラダラ下げそうな気もする。
ただ、業績が悪化したわけではなし、ここがピークとも思えなかった。
とりあえずガチホ(保有)しておくことに決めた。
それから、二日間は上げ下げの横ばいだった。下げ基調ではあるが、6月5日の金曜日にはプラス引けで78,000円。
一日のボラはそれなりにあったが、これだけみると値動きがなかった。
まあ、来週からじわじわ上がるだろう。そんな気がしていた。
――ところが、その夜のこと。
アメリカ市場が暴落した。
久しぶりに友人と酒を飲んでバタンキューし、朝チェックしてみたら、日経平均先物(日経平均株価そのものの上下に対して取引を行う金融商品)が、-2,850円になっているではないか!
朝だけに、まだ夢を見ているのではないかと思った。軽い二日酔いだし。
サンディスクの株価をチェックしてみる。ー200ドルで11%もの暴落!
キオクシアのPTS(時間外でその証券会社内の持ち株分のみを売買できるサービス)をチェックする。なんと、-6,139円!
これ、夢だよね?
なんで?
中国と戦争でも始めた?
にわかには信じられなかった。トランプ大統領が世界中に関税をかけると言い出して暴落した時でも、ここまでの下げはなかった。
こ…これ、月曜日…ドウナンノ?
株価が7万円以上の値嵩株になると、上下の制限値幅は15,000円に跳ね上がる。
つまり、ストップ安を喰らうと、63,000まで下げる可能性があるのだ。
1,000株を信用で持っている俺は、1,500万円を失うことになる。
やばいやばいやばいやばい!
そう思うといてもたってもいられないが、月曜日まで市場は開かないし、開いてほしくない。
とりあえず、なんでこんなことになっているのか調べようとする。
いつものYahoo掲示板を開く。
どうやら、アメリカで雇用統計なる指標が発表されていた。
失業率や非農業部門雇用者数といった業種別の雇用者数などが出てくる。
アメリカは雇用に関する指標を重視している国で、失業率が低かったり、雇用者数が増えていると、企業の業績が上向きと判断される。逆もしかりだ。
で、これがコケたのかと普通なら思う。
しかし、そうではなかった。非農業部門雇用者数が市場予測を上回ったのだ。つまり、良かったということになる。
ならば、なぜ暴落するのかということだが、現在アメリカはトランプ大統領の利下げ圧力が強く、金利が抑えられたままだ。企業は金回りが良くなり、株価は上昇傾向となるが、それだけ物価が上がってしまう。
そのため、FRB(日本でいう日本銀行)は金利を上げたがっていると思われていた。
簡単に言えば、「今度こそ利上げだ!」と言われては、「やっぱり見送りでした~」を繰り返していたのだ。おかげで市場も、なんだかんだ大丈夫だろう(トランプが抑えるし)と株を買い続けていたわけである。
それが、堅調な雇用統計が出たことにより、いよいよ利上げが現実的になったと判断されたらしい。
実際に金利が上がると、企業は金を借りにくくなる。当然、設備投資も鈍るわけだ。AIだのデータセンターだのといった巨大投資は、成長期待で買われている分、真っ先に売りの対象になる。
あと、半導体大手のブロードコムの決算で来期予想がイマイチだったことから、ハイテク株の特に半導体関連株が軒並み暴落していったのだが、雇用統計を引き金にして、半導体バブルに対する懸念が高まったというのが本質らしい。
まあ、とにかくこんなことを俺が予想できたはずがないし、打てる手は何もない。
月曜日を待つしかなかった。
掲示板では、
「月曜は寄らないよ。売りたくても売れない」
「もうバブルだって気づかないと」
「信用害(信用買いを皮肉ったもの)は一掃される」
「電車だけは止めないでね」
と、売り勢が狂喜乱舞していた。
いのちの電話番号を掲載するなんて悪質なものもあった。(ちょっと笑ったけど)
しかし、実際に利上げしたわけでもないのだから、スト安まではなるまい。資産5,000万台は死守したいが…どう考えても、月曜日は特売りだろう。俺は覚悟した。
――そして、運命の月曜日。
つまり、今日だ。
朝8時の気配値(市場が開く前に現在の売り買い注文の水準が表示される)は、半導体関連株が軒並みストップ安に張り付いていた。
壮観だった。これがガンマGPTの値だったらいいな。なんて現実逃避するくらい。もう笑うしかない。
だいたい気配値は『見せ』の要素もあって、気配に騙されて売ったりすると、踏み上げを喰らって大損、なんてこともあるのだが、今日はそんな感じじゃないのは明白だった。
もう確実に70,000円は割るだろう。ブラックマンデーが現実になった。そう思った。
掲示板では、
「追証祭り!」
「追証金ざまぁ。いのちだいじに!」
などと、売り勢が大盛り上がりしていた。
追証とは、含み損によって信用取引の保証金比率が下がり、追加で入金しなければならくなることをいう。つまり、ただちに手持ちの株を売って保証金率を上げるか、ガチの現金を入金する必要があるわけだ。
その金が足らなければ詰むことになる。
まあ、俺は2,000万円近い含み益があるので、スト安を喰らっても追証が発生することはないのだが、落ち着いていられる状況ではなかった。
なんせ、資産が1,500万円減ることになるからだ。含み益も吹っ飛んでしまう。
9時。
当然ながら、寄らない。半導体関連は特売りの嵐だ。
9時15分。
寄らない。もう見るのをやめた。精神が崩壊する。
9時30分。
寄ってた。69,000円だった。
あ~、70,000円割っちゃった。8,000円のGD。800万円のマイナス!
だがね、落ち着いていたよ。
土日のうちに、やばいやばいもう詰んだという思いをさんざんしていたからだ。
あっ、こんなもんで助かった!って気分だったんだよ。だって、スト安覚悟してたんだから。
資産は5,000万円を割った。
だが、4,800万円ですんだと、ほっとしたわけだ。
寄らないと思っていたのが寄った。この時点で俺は寄り底だと確信していた。
ここからズルズルと下げることはあるまい。だって、寄ったんだもん。
『暴落は3日待て』という格言っぽいのがあるらしい。こういう時は動かないほうがいい。と、ドーラでも言うだろうが、俺は動く。
信用買いで持っている1,000株のうち、500株を売った。
そうして得た現金で、キオクシア株の現物を買ったのだ。
信用買いは、金を借りて株を買っている状態だし、信用売りになると、他人の株を借りている状態だ。
しかし、現物なら自分のものになる。いくら値下がりしたところで追証が発生することもない。
何より気分が違う。なんせ、70,000円の値嵩株だ。最低でも700万円の買い物になる。
俺は現物を300株買った。つまり、2,100万円だ。実態のある2,100万円の資産(現時点で)なのだ。
俺の信用取引の枠は拡大しており(証券会社の審査などで拡大していく)、1億円以上の枠があるので、また信用で買い足す。
ガチャガチャして、信用買い1,000株、現物300株、信用売りで300株という布陣を敷いた。
なぜ売りを混ぜたのかというと、値下がりを期待しているわけではない。ここが底で上がってく想定だからだ。
要するに税金対策で、値上がりした時に100株ずつ売って、利益をマイナスで減額していく作戦だ。
こうして俺は、一周回ってなぜかウキウキしながらフォーメーションを整えたのだった。
そして終値だが。
今日のことなので、タイムリーだ。71,880円で引けている。
さて、明日からどうなるか。期待せずにお待ちいただこう。




