episode.6
「……え、」
命を、救った——?
僕、が……?
「それは……どういう、」
「そのまんまだよ? りめは、檜山せんぱいに命を救われたの」
「命、を……」
僕そんなすごいことしたっけ……?
そう僕が首を傾げていると、莉愛さんは愛らしい恋する乙女のように、頬を赤らめながら笑った。
「檜山せんぱいは、絶対覚えてるよ。だって、あんなことあったら忘れてるはずないもん」
「……え……?」
「あのね。りめ、小学6年生の時、いじめられてたの。ほら……この学園って、初等部もあるでしょ? 中等部……3年生、くらいの女の子たちから、なんか……多分、りめが可愛くて、男の子たちに好かれてるから、かなぁ。いじめられてた、んだよね」
「……、」
いじめ。
僕にとって、それをする人はいかなる理由があったとしても許せない。
それを……よりによって上級生から、されていたのか。
その時の彼女の辛さは、どれだけのものか——想像も、つかない。
というか、想像なんてできやしない。想像できるのは、過去に同じ経験をした人のみだ。
莉愛さんは、ふっと大人びた表情を浮かべて、どこか苦しそうな瞳の光を、きらりと光らせた。
「最初はね、ちょっとぶつかってこられたり、遠巻きにクスクス笑われたり、悪口を言われたり……そういう些細なことだけだったの。
でも……段々だんだん、いじめはエスカレートしていった。上靴の底に画鋲が仕込まれてたり、靴がゴミ箱に捨てられてたり、中等部なのに……中等部のはずなのに、りめの教科書とかノートにね、真っ黒の油性ペンで、落書きしてあるの。……“キモい”とか、“死ね”とか、“うざい”とか書いてる……時も、あるし。塗りつぶされてる時もあったなぁ。あとは……体育の後、着替えようと思ったら服がびりびりに引き裂かれてるってこともあった。
先生とか、お姉ちゃんたちとか、お母ちゃん、お父ちゃんたちには言えなかった。言えなかったよぉ……だって、嫌……じゃん? いじめられてたんだ、この子って。いじめられてたんだ、私の妹って。いじめられてたんだ、自分の娘はって……思われるの、嫌じゃん……」
「……」
想像なんて、できない。できるわけがない。
でも——彼女の“家族や先生に、『そういう子』だって見られるのが嫌”という気持ちは、僕にもわかる気がした。
それにしても、その中等部の女たちは本当に中等部3年なのだろうか。不満や嫉妬、怒りのぶつけ方が幼稚すぎて、本当に笑えない。精神がまるで成長していない。
成長しているのは、見た目だけ。
「そんないじめがずうっと続いて、いじめが始まってから1か月くらい……かなぁ。それくらいに、りめはね。
自殺未遂を、したの。
……屋上のフェンスの外側に足を踏み入れて、『短い人生だったなぁ』って。『お姉ちゃんたちとお母ちゃんとお父ちゃん、悲しんでくれるかなぁ』って思いながら、身が空に躍り出——そうに、なった時。
檜山せんぱいが、来たの。
ぱしっとりめの腕をつかんで、宙ぶらりんになったりめをぐいっと引き上げてくれた。……覚えてる、かなぁ。その後ね——檜山せんぱい、言ったんだよ」
あぁ。
覚えてる。覚えてたよ。
あの、ふわふわとした髪の毛を、高い位置で二つに結んで。大きなくりっとした瞳で。とても可愛らしくて、整った顔立ちをしていた、華奢で小さな、愛らしい女の子。
そして——暗い光も宿らない瞳に街を映して、空と風に身を任せ、ふわりと落ちようとしていた女の子。
彼女を見た瞬間、頭より先に体が命令した。
『女の子を助けろ』と。
無我夢中で女の子の細い腕をつかんで、驚いて固まった様子の彼女をぐいっと引っ張った。
助けられてよかった。なんでこの女の子は自殺しようとしていたんだろう。怪我してないかな。この子めっちゃ可愛いな。この体が最初に動いて良かった——
いろんな想いが、心の中を駆け巡った。ぐるぐるぐるぐる、何度も何度も、たくさんの想いが。
でも、僕の口からこぼれたのは、全然違う言だった。
「——『おかえり』。
『おかえり』って言ったの。え、って思ったよ? りめだって。今、こんなとこでおかえり? って。
……でも、ね。気づいたら、りめは泣いてた。目からたくさんたくさん流して、地面にへたり込んで、ちっちゃい子みたいに泣きじゃくってた。
——ねぇ、檜山せんぱい。
助けてくれて。おかえりって、言ってくれてありがとう。
檜山せんぱいがいなかったら、りめは死んでた。今頃、お空で後悔して、ずっと泣き続けてた。
それから、ずっとりめは檜山せんぱいのこと見続けて来たんだよ? だってりめは——」
そして莉愛さんは、何かが吹っ切れたような、悪戯っ子のように無邪気に笑った。
「檜山せんぱいのこと、だぁいすきだもん♡」




