episode.3
「とーうっ」
「ぅわっ、」
突然後ろから誰かが飛びついて来て、僕はぐらりと揺れ倒れそうになるがぎりぎり持ちこたえる。
誰だと後ろを振り返ると、見慣れた顔が大分下にあった。
「……、ちづ」
「へへぇー。おはよぉー!」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、その女子——僕の幼馴染である青井千鶴——はぎゅっともう一度僕に抱きついてきた。
「……おはよう。危ないなぁ、もう」
「えぇー? だってぇー、澄雨のこと見つけたからぁー」
ちづの口調は少し特徴的で、甘く語尾がいつも伸びている。その独特な口調が可愛いんだよ‼ と、誰かが言っていた。まあ、女子にしてもとても小柄で可愛らしい整った顔をしており、ちょんと結ばれた元気なポニーテール、甘い声。その小柄な体に見合わない豊かに実った、メロンかと言いたくなるようなバストとすらりと伸びる白くて細い脚など、確かに美人だとは思う。男子の男心をくすぐるような女子だということも。
ただ、幼馴染である僕は知っている。
——ちづはそのことを楽しんでいる、ということを。そしてその“可愛い少女”は計算で、本当は結構小悪魔な悪戯っ子だということを。
……まあ、根は素直だけど。
「ねぇ澄雨、早く行こうよぉー」
「ちょっ、わかった、わかったから引っ張らないでちづ!」
「早くぅー!」
男子たちの視線が痛かった。びんびんしてた。君たちの目にはレーザー機能が搭載されてるの?
教室の前に着くと、見覚えのあるというか見覚えしかないというか見覚えなかったらちょっと大丈夫? って心配になるというかの麗しい9人の女子がいた。
“9人の麗しい女子”と言えば、もう読者のあなたは分かるよね? 分からなかったら多分君episode1読んでないよね? episode1読まないとこの作品成り立たないんだけど?
「……」
「おいおいおいおいおいおいちょい待てや檜山澄雨よぉ」
怖いて。
「強。やめなさいヤンキーの真似は」
「ヤンキーじゃねーよ!」
「まあ、強音はひとまず置いておき。檜山くん」
「よし、ちづ。入ろっか」
「え……えぇー? 澄雨ー、大丈夫なのぉー?」
「大丈夫だよ。さっさと入ろう」
「多分大丈夫じゃないよぉー……?」
戸惑いを隠せないちづの手をくいっと引っ張り、僕は急いでドアを開けた。すると、慌てたような声が耳に入った。
「ちょ、ちょっ……待って、待って檜山クン! ボクたちの話だけでも聞いてぇ!」
「……えぇ……」
ぎゅっと眉根を寄せ、僕は嫌そうに声を出す。
……まあ、いいか。話だけなら……。
「……話、だけなら。でも……早く、終わらせてくださいね?」
そう僕が言うと、陽光さんはぱぁっと久々に陽光に当たった向日葵のように顔を輝かせた。
その笑顔が眩しすぎて、思わず目を逸らす。
「えっと。じゃあ誰が言う? ボクでいいと思うんだけど」
「あら。そんなの私に決まっているじゃない。長女なんだから」
「あぁ? アタシに決まってんだろ」
「え~? お姉ちゃんたちー、いちばん下のりめに譲ってよぉー」
「あらぁ~。わたしが一番いいわよぉ~」
「うっ、うち……うちっ、が、言い、たい……っ!」
「はは、私に決まっているじゃないか。なんてったって、彼は私のファンになったようだったからね」
「……こと、が、いい、です。お姉ちゃん、たち、下の、こと、たちに、譲れ、です」
わあわあと8人で言い争っているうちに、氷華さんが抜け駆けしてこちらに来た。
そして、逡巡するようにその形のいい紅唇を重そうに開いていく。
ちなみに、氷華さん以外の8人は「あ」と口を開け固まっていた。そんな間抜けな9大プリンセスたちなんてそうそう見れないと思い、僕はじぃっと目に焼き付ける。というか同じ格好してる。流石は姉妹。
「檜山くん——私たちと、付き合って」
「っ、ずるいよぅりめも言うー! 檜山せんぱい、りめたちと付き合ってー♡」
「……私だって言わないと気が済まないわ。檜山くん、私たちと付き合って」
「……こと、も、言い、ます。檜山、先輩、付き合って、ください」
「アタシも言うぜ。おい檜山澄雨、アタシらと付き合え」
「わたしも言いたかったのにぃ~。もぉ~、でも言うわぁ~、わたしたちと付き合ってぇ~、檜山くぅ~ん」
「うち……っ、うちも言う……っ、檜山、くん、うちらと、付き合ってくだしゃい……っ!」
「ボクも言うー! ボクたちと付き合ってー、檜山くん!」
「はは、抜け駆けされたね。しかし、私も言うよ。——檜山くん。私たちと、付き合ってくれ」
「——……、は? え、は……? はぁ?」
ぷしゅうと頭から煙が出るのが分かる。いや、もう頭が真っ白だ。キャパオーバーです。時間を置いてまたお越しください。
「……付き、合え……? 僕に……? 僕が……? 9大プリンセスと……? 同時……? 9股……⁉」
「違う違う、一人だよ! 9人と交代ごうたいの日で過ごして、デートしたり一緒に帰ったりして、一人誰かを選ぶの」
「……なんで僕……?」
「え……もしかして、覚えてない……の?」
「え……?」
「——みんな一人ずつ、キミに何かしてもらったんだよ」




