7 「恋愛心理テスト 後編」
「じゃ、次はひより先輩の番ですね」
俺はさっきの借りを返すように、ひより先輩の手元の雑誌を指差した。
先輩がニヤニヤと俺をからかってきた分、これはきっちりやり返さないと気が済まない。
「え、私もやるの?」
ひより先輩の表情が一瞬固まる。
「当然ですよ。人にやらせるなら、自分もやるべきでしょう」
「う……そ、そりゃそうだけど……」
先輩は少し戸惑ったように紙を握り直した。さっきまでの自信満々な態度が若干揺らいでいるのが分かる。
(うわ、めっちゃ動揺してる……乙女か!)
俺はわずかに口元を緩め、先輩から雑誌を受け取ると、適当なページをめくった。
派手な見出しとカラフルなデザインの中から、面白そうな質問を探す。
「恋愛タイプ診断!」「あなたの隠れた魅力は?」――どれもいかにもそれっぽいものばかりだが、先輩をからかうのにちょうどいいものは……。
指で紙面をなぞりながら、俺はニヤリと口角を上げた。
「じゃあ……これにしましょうか」
俺は雑誌のページを押さえながら、一つの質問を読み上げる。
「あなたが恋人にされて一番キュンとするのは?」
俺がそう口にした瞬間、ひより先輩の表情が一瞬固まった。
だが、気づかないフリをして、俺は続ける。
①突然の頭ポンポン
②後ろからギュッと抱きしめられる
③真剣な表情で見つめられる
④『好きだよ』とストレートに言われる
ページをなぞる指を止め、顔を上げる。
そこで目に映ったのは――まるで石化したようなひより先輩の姿だった。
「え、ちょっ……えぇ……?」
言葉の途中で、ようやくこの質問の破壊力に気づいたらしい。
さっきまで俺を楽しそうにいじっていた先輩は、一転して沈黙する。
耳元までじわじわと赤くなり、先ほどとは明らかに違う。
(これは……予想以上に効いてるな)
まさかここまで動揺するとは思わなかった。
ここで逃がしてやる理由はない。
俺は平然を装いながら、少しだけ口元を緩める。
「どうしました? 早く答えてくださいよ」
「い、いや、これは……その……選ばなきゃダメ?」
弱々しく抗議する声。
「当然です。さっき俺にもやらせたんですから」
「そ、そうだけど……うぅ……!」
普段なら調子よくいじってくるのに、こういう場面になると露骨に挙動不審になるのが、いかにも先輩らしい。
「どれを選んでも、それが先輩の好みってことですよね」
「そ、そんなことないから! これは、あくまで心理テストだから! そ、そんなに深い意味なんてないし!」
「いや、さっき先輩、自分で“こういうのは無意識に自分の理想が出る”って言ってましたよね?」
「……っ!?」
先輩が一瞬、ハッと息をのむ。
まるで予想していなかったカウンターを食らったかのような表情だった。
「だから、答えてください。①~④、どれが一番キュンとしますか?」
「う、うぅぅぅ……!」
ひより先輩は頬を赤く染めたまま、俺から視線を逸らし、しばらくもじもじと唇を噛む。
そして、意を決したように、小さく呟いた。
「④……」
ほとんど聞き取れないほどの小さな声だった。
「え?」
「④っ……! もう、言わせないでよ!」
ひより先輩は顔を真っ赤に染めながら、ぷいっとそっぽを向く。
……なるほど。
「『好きだよ』ってストレートに言われるのが一番キュンとするんですね」
「ち、違う! これは、あくまで選択肢の中でってだけだから!」
「へぇ~」
俺はわざと気のない調子で相槌を打つ。
「先輩って、意外と素直な愛情表現に弱いんですね」
「……っ! だから、そういうことじゃないってばぁ!」
恥ずかしさを誤魔化すように、ひより先輩は机の上の雑誌をバッと掴み、そのまま顔を隠した。
雑誌の端から覗く耳までしっかりと赤くなっていて、見ているこっちが思わず笑ってしまいそうになる。
「でも、あれだけ動揺してましたし、結局選んだのは④でしたよね?」
「うぅ……!」
先輩は雑誌をギュッと抱えたまま、身を縮めるように丸くなる。
さっきまでの余裕たっぷりな態度はどこへやら、今はもう完全に防御体勢。
俺がさっきまで散々からかわれていた分、少しだけ仕返しできた気がする。
(……これは、なかなか面白いかもしれない)
腕を組みながらじっくり観察していると、先輩が雑誌の隙間からこちらをちらりと伺い――
「……藤崎くん、意地悪……!」
唇を尖らせながら、悔しそうに睨みつけてきた。
そんな先輩の反応に、俺はつい口元を緩める。
「……先輩って、ピュアですね」
「なっ……!?」
まるで弾かれたように雑誌の奥から顔を覗かせる。
すでに真っ赤だった頬が、さらに熱を帯びたように染まる。
「そ、そんなことないし! これは……その……一般的な感覚っていうか……!」
「でも、あれだけ動揺してましたし、やっぱり④が一番グッとくるんじゃないですか?」
「うぅぅ……!」
先輩は雑誌をさらに深く抱え込み、今にも消え入りそうな声を漏らす。
(まあ、俺も経験ないんだけどな……)
心の中で少しだけ苦笑する。
俺だって恋愛経験があるわけじゃない。むしろ、ひより先輩と同じように、こういう話には慣れていない方だ。
でも、だからこそ、先輩の反応を見ていると、なんとなく気持ちが分かる気がした。
(……まあ、先輩の反応が面白いから、いいか)
俺はわざとらしく小さく頷くと、再び雑誌を手に取るフリをした。
「さて、次の質問は――」
「もうやめてぇぇぇ!!」
ひより先輩の叫びが、部室に響き渡った。
「流石に冗談ですって」
俺は苦笑しながら、先輩に向かって両手を軽く上げる。
からかうのは楽しいが、流石にこれ以上やると拗ねてしまいそうだ。
「……ほんとに?」
先輩は雑誌を抱えたまま、じとっと俺を睨む。
さっきまでの赤面は少し引いてきたものの、まだ警戒心は解けていないようだった。
「もちろんです。でも――」
俺は椅子の背にもたれかかりながら、先輩を見つめる。
「先輩も、からかわれる側の気持ち、ちょっとはわかりました?」
「……え?」
先輩が瞬きをする。
「俺がこうして先輩をいじるのは、まぁ、仕返しみたいなもんですけど……先輩だって、こうやってからかわれるの嫌じゃないですか?」
「うっ……」
図星だったのか、先輩は雑誌の端をもじもじと指でなぞる。
「べ、別に……嫌ってわけじゃないけど……」
小声でぼそぼそと呟きながら、先輩は机の上に雑誌をそっと置いた。
「……でもまぁ、確かにちょっとやりすぎたかも……」
申し訳なさそうに頬をかく先輩。
その様子を見て、俺はふっと笑う。
「なら、今日はお互い様ってことで」
「……うん」
先輩は小さく頷き、雑誌を閉じながらぼそりと呟く。
「次からは、ちょっと気をつけます……」
「そうですね。その方が平和かもしれません」
俺が軽く肩をすくめると、先輩はむくれたように頬を膨らませた。
けれど、その表情はどこか柔らかく、ほんの少しだけ照れくさそうに見えた。