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ブラッド・ゼロ 戦術学校と血塗られたマント  作者: 玉屋ボールショップ
第一巻『ヘムノース戦術学校』
3/4

第1科「迫る時間!時報鐘を鳴らせ!」

「現在世界と地続きか、あるいは『あり得たかもしれない』未来世界で…………」

 ちゅんちゅんと小鳥の囀りにミリー・ミレーナは目を開けた。

 頭が呆然としてすっきりしない。そもそもここがどこかもわからない。

 数秒間だけそう思ったが、やがて自分の寮室だとわかると身を起こした。

 充電モードの携帯端末(スマホ)を見る。『九月二日 時報当番』とスケジュール機能が教えた。

 この全自動型社会で今どき鐘を鳴らしてみんなに朝を教えないといけないなんて……。言っちゃあなんだが面倒くさい。

 とも言ってられないので、仕方なく自動リフト式ベッドのリモコンを操作した。

 リフト式のプラットフォーム・ベッドが他の寮生を起こさないように静かに下降する。

 やがて一人の寝室の前を通るとミリーはリフトを停止させた。五階に住むミリーの親友『エメラルダ・トゥインク』の部屋だ。

 ベッドから身を乗り出しドアノッカーを叩く。

「……んむ。なぁーにぃー?」とくぐもった声が中から聞こえた。

「エメ、今日私時報当番だから先に学校行ってるね」

「え? そうなの? 早くない?」

エメの相変わらずかったるそうな声が奥から聞こえる。ミリーが時報当番に当たる日は彼女は校内ラジオの司会(パーソナリティー)当番の日だ。

「んむ、ラジオかぁ。死ぬほど面倒くさい……」

「とにかく、行ってきます」

 ミリーが再び下向しようとした時、エメが「待ちなー」と呼び止めた。

 部屋からもぞもぞと動く音が聞こえる。しばらくして郵便受けからエナジーバーを握ったエメの手が出てきた。

「これあげる。あんた食が細いから。ちゃんと食べなよ」

 ミリーは思わず顔をほころばせた。彼女のこのような姉御肌な所は後輩としてミリーが憧れる部分だ。

「ありがとうね。行ってきます!」

「うい!」


学生服に着替え、鏡の前に立ち歯を磨く。

 軍服と学生服を合体させたようなデザインのヘムノースの制服は痩せ型のミリーでも着ると締まった印象になる。


 ふとミリーは腕時計を見た。六時五分。時報は七時ジャストに鳴らさないといけない。

 あまり時間の猶予はなかったがなんとかなるだろう。もし遅刻しようものなら鞄に忍ばせたこのスミス・アンド・ウエッソンM19回転式拳銃(リボルバー)で鳴らせばいいことだ。

 そんな悪巧みをしつつ、鞄を確認する。『ロシア殺人格闘術システマについて』、『狙撃A』、『身の回りのものを武器に変える方法』などの教科書は揃っている。双眼鏡よし。護身用スタンガンよし。火起こし用マッチよし。リボルバーよし。

 ミリーはそこで周囲を確認してもう一度リボルバーを確認した。うっとりとそれを眺める。

 この拳銃はジョー先生(せんせ)がお下がりでくれたものだ。古本屋で中古で買った、と先生は冗談めかして言っていた。

 先生は回転式拳銃が嫌いだった。いつかその理由を訊いた際、彼は嫌な思い出があるからとつぶやき、ミリーもそれ以上詮索はしなかった。嫌いな銃を持つ、というのも奇妙な話ではあるがそこも彼のミステリアスさを際立たせていた。


 ミリーは今この銃を愛用している。武器として、でもあるがそれ以上にお守りとして。これを身につけると先生が傍にいるみたいだ。

 そう思っていたところでふと腕時計を見た。六時半。七時五〇分までは学校に着かないと厳しい罰則が待っている。

「やば……」

 ミリーは鞄を肩にかけ、門扉へ急いだ。


「地獄のドライブが始まるぜぃィィ!!」

 ヤク中ドライバーは舌を横に出し、ヘラヘラと笑いながら怒鳴った。エンジンに()が入り車が轟音を上げる。

「いいから急いでよ!」

 助手席のミリーが前にあるダッシュボードに苛立ち混じりに拳を入れる。

「よォォォォし! 発車するゥ!! シートベルト二人分よし! エンジン作動チェック問題なし! タイヤの食いつき微妙!」

 ドライバーが点検を行う。

「急いで!!」

 再びダッシュボードに拳。

「ではヘムノース戦術学校経由、地獄行きシルビア号発進しまーすゥ! ドライバーはこの俺――」

 長ったらしい台詞を吐くドライバーにミリーはリボルバーを突き出した。

「ゆけ」

「ハイ」


 ボロい車は戦術学校に走っていた。ドライバーは薬が抜けたのか今は真面目にハンドルを握っている。

 この分だと間に合いそうだ。ミリーは安心した。気が抜けるときゅう、とお腹が鳴る。

 そう言えば、とミリーはポケットを漁った。お菓子のパッケージを取り出す。エメが先刻くれたエナジーバー。

 開封するとナッツ系の控えめな香りが鼻孔を程よい感じにくすぐった。ミリーは黄金色の焼き菓子に齧り付く。おいしい。これなら食欲がない朝でも食べれそうだ。


 菓子を食べ終えると戦術科の校舎がすぐそこまで迫っていた。

「着いたぞー」

 ドライバーが知らせる。

 ミリーが助手席を出ると、車は次の生徒を迎えに行った。


 戦術科の校舎の向こう側に鐘のついた時報塔がそびえ立っている。

 近くに行き、学生証を端末に通せば鐘が鳴るシステムだ。

 普通に鳴らしても良かったけど。とミリーはつぶやきリボルバーを取り出した。

 学生時代のジョー先生も問題児だったという。

 先生ははにかんだ笑いを浮かべ照れくさそうに言った。

 品行方正な優等生より問題児が良い、と。

 先生に好かれたい。もっと接点が欲しい。だから――


 ミリーはリボルバーを鐘に向け、撃った。

 けたたましい金属音が校舎に、学校に、世界に響いていく。


 鐘に負けない声でミリーは叫んだ。


「おっはよーございまーす! ヘムノース戦術学校のみんなぁ!!」

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