夢の紙飛行機
星々が滲み出すと、空と海の継ぎ目は夜明けよりも早く朝の光を運んできた。
海沿いの遊歩道。
スーツ姿の一人の男性が歩いている。
「おや?」
男が草むらに目をやると紙飛行機が落ちていた。
羽根のところには黒いスジ模様が入っている。
男は何気なく、それを手に取った。
よく見ると持ち手のところに「夢飛行機」という文字が書かれていた。そして、模様に見えたものは、細かい文字の列だった。
・幸せになりますように
・幸せになりますように
・幸せになり・・・
「同じのばかりだな」
そう言うと、
男は近くのベンチで腰をおろし、鞄を膝に置くと、胸ポケットから愛用の油性ペンを取りだした。
―何を書こうか
『幸せになりますように』
―やっぱりこれかな。
男は、自分の文字を乗せた紙飛行機を持つと、遊歩道の脇道から高台の方へと登っていった。
男は、次の日も紙飛行機を見つけた。
見慣れぬ文字が並んでいる。
男は近くのベンチに腰をおろし、昨日と同じ行動をとった。
次の日も、次の日も。
男は巻き戻された動画のように、同じ行動をとっていた。
その日男は、若い女性が押す車椅子に乗っていた。
「ほら、お嬢さん。あそこに紙飛行機が。」
男は、震える手で指さしながら後ろにいる女性を振り返った。
遊歩道の柵の外に、紙飛行機が草をベッドに横たわっていた。
「すいません、取ってもらえますか。」
「はい。」
女性が、微笑みながら返事を返す。
女性は上体を柵から乗り出して、紙飛行機を拾い上げた。
そして、手にした紙飛行機を見て瞳を大きく見開いた。
薄汚れた紙飛行機。
その羽根のところにはびっしりと文字が書かれていた。
「ありがとう、お嬢さん。」
男は女性から紙飛行機を受け取ると、静かに眺め続けた。
「叶ってあげてほしいですね。」
そう言いながら男は油性ペンを取り出し、震える手で文字を並べた。
そして女性に車いすを押してもらい、高台へと向かっていった。
いつもの遊歩道。
傍らに揺れる海の面は、夜の静寂よりも深くさざ波をたてていた。
遊歩道の柵の外に、あの日車いすを押していた女性が立っている。
手には紙飛行機が乗っていた。
女性はカバンから油性ペンを取り出し文字を綴った。
・ありがとう お父さん
記憶が薄れていく中でも、娘の幸せを願い続けた父の文字に並べた。
女性は高台へ上り力いっぱい紙飛行機を飛ばした。
紙飛行機は高々と舞い上がり、雲の下を地平線へ向かって滑っていく。
そして、朝の来光に優しく包まれていった。