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約束

「リディ、いつかぼくのおよめさんになってくれる?」


 したったらずな声と一緒に差し出されたものは白詰草でつくられた小さな指輪だった。


 金色のふわふわとした巻き毛を揺らして、少年、この国の王子であるエドマンドは目の前のリディと呼ばれた少女をじっと見つめていた。

 目の前の緑色のエメラルドのような瞳が、期待と若干の不安に揺れているのを見て、少女――リディアは自分の頬に熱が集まっていくのを感じる。心臓はどくどくと脈打ち、今すぐに「はい」と答えてしまいそうだったが、リディアはエドマンドに抱きつきたい衝動を抑えて必死に冷静さを装っていた。

 

 先日、侍女達が「男は焦らさないとダメ。自分がとっておきである事をわからせるのが重要なのよ」と恋愛の秘策について話しているのをこっそり聞いていたからである。


「そ、そうね。なってあげてもいいわよ。でも、その時はこんなゆびわじゃなくて、金のゆびわをくれないとダメ!リディアをおよめさんにするんですもの。たくさんのバラのはなたばに、おいしいおかしだってつけてくれないと、リディア、エドマンドのおよめさんにはなれないわ!」


 嬉しくて口元が緩んでしまうのを隠すように、リディアはぷいとそっぽを向いた。

 正直、本当は金の指輪も豪華な贈り物もリディアにとってはどうでもいいものだった。

 出会った時から、エドマンドの優しい瞳を見て一目で恋に落ちた時から、リディアは絶対に彼と結婚するのだと決めていたのだから。


 ふわふわの巻き毛のブロンドにエメラルド色の瞳、リディアが怒ったり、わがままを言っても、いつも笑顔で許してくれる優しいエドマンドのことが、リディアは大好きだった。

 しかも、エドマンドはこのカレドニア王国の王子、ゆくゆくは国王になる存在だ。身分も申し分なく、エドマンド以上に完璧な自分の相手などどこにもいないとリディアは確信していた。

 プロポーズされるのはもっと大人になってからのつもりだったが、侯爵家の令嬢であれば小さい頃から既にお相手が決まっていても何もおかしくはない。リディアはまだ十歳だが、従妹のミシェルなんて八歳の時にはもうすでに許婚がいたと聞く。婚約者という言葉を頭で反芻すると、もうこの年にして素敵なレディというものになったような気がして悪くない。


「それじゃあ、ぼくが王さまになったら、金のゆびわもバラのはなたばも、すてきなケーキもちゃんと用意しておくから!ね?いいでしょう?」


 眉をハの字にして必死に頼み込んでくるエドマンドがあまりにも可愛らしく、もう少し粘るつもりだったが、気づいたときにはリディアは「わかったわ、やくそくよ」と言葉を返していた。

 承諾をもらったエドマンドは「やったー!」とバンザイをしながら叫び、リディアを強く抱きしめた。いきなり抱擁を受けてリディアの頭が真っ白になっているうちに、気づけば左手の薬指にはエドマンドからの白詰草の指輪がちょこんとはまっていた。


 なんの法的拘束力もない、ただの花飾りだ。


 それでも、大好きなエドマンドからもらった初めての指輪を見て、リディアは嬉しくて涙が出そうだった。例えどんな金の指輪や宝石をもらったって、この白詰草の指輪より嬉しいプレゼントなんてどこにもない。

 手を伸ばし、左手の薬指に小さく咲きほこっている白詰草をじっくりと眺める。どうにかしてこれをずっと保存できないだろうかとリディアは思ったが、押し花にするくらいしか思いつかないのが悔しい。


「やくそくだよ、ぼくのリディ」


 そう言ってエドマンドはリディアの頬に軽くキスを落とした。いきなりの事に、リディアは驚き、頬を真っ赤にして口をぱくぱくとさせる。いつもだったらエドマンドは恥ずかしがって頬にキスなどしてくれないのに、今日は随分とご機嫌のようだった。


「そ、そうね!しかたがないわ、あなたにぴったりなのはわたしくらいですもの!」


 リディアは照れているのを隠すように大きな声で言った。エドマンドはそれを聞いて、まるで花が綻ぶように笑った。

 

 



 

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