燃焼
三題噺もどき―よんひゃくろくじゅうはち。
外から雨音が聞こえてきた。
「……」
カーテンをしめ、ぼんやりと暗い部屋で一人。
全身をソファに預け、ぐったりとしている。
体が重すぎて動く気にもなれない。
帰宅できたのが奇跡的なほどに疲労困憊している。
「……」
着替えをすることもままならず。
鞄もそのあたりに放り投げられている。
帰ったら風呂に入ろうと思っていたのに、そんな気にもなれない。
「……」
正直言うと、身体的な疲労はさしてないのだ。多分。
久しぶりに色々と歩いて回ったりはしたが、以前ほどは疲れていないし、筋肉痛になりそうなんていう不安もあんまりない。
それよりは、精神的な疲労が大きいのだ。
「……」
内心突風が吹き荒れて、ズタボロもいいところなのだ。
ほんと……坂道の上から蹴り落された気分だ。
全身に傷という傷をつくりながら、自分では抵抗できずにされるがままに転げ落ちて、それでも下手に意識を保っているせいで、痛みを感じ続けてしまっている。
「……」
昨夜。
彼氏に振られたのだと言う友達を落ち着かせながら、話を聞いたりして。
まぁ、お互い多少酔っていたのもあってか、記憶に残せないような話までして。
その時の勢いで私も何を言った事か……恥ずかしくてたまりやしない。
思いだすだけで、顔を覆いたくなる。
「……」
その後に、日付が変わり、いつの間にか朝になっていた。
今日も仕事は休みだと彼女が言うので、ちょっとした気晴らしがてら……と、2人で年甲斐もなく遊びつくしたのだ。水族館に行ったり、そのあたりのカフェに行ったり、神社に行ったり、ゲームセンターにも行った。
その時の戦利品が、リビングの隅の方に置かれている。
「……」
それだけで終われば、いい思い出、で終わったのだ。
一方的に思い煩っている相手と、またたくさんの思い出を作れてよかったなぁで。
お揃いのものなんて買うことはここ数年なかったから、ものすごく浮かれた。彼女と一緒に居るだけでも浮つく心は、ずっとふわふわとしていた。
「……」
けれどまぁ。
帰り際―というか。
今日まで家に泊って良いかという彼女と、帰路についたあたりで。
彼女の携帯が音を立てたのだ。
相手はもちろん、彼女を振ったと言う彼氏。わざわざ電話をしてきたらしい。その後聞いたらメッセージも送られてたらしい。
「……」
振った手前で何を……と私は少々苛立ちを覚えてしまった。
しかしこれは、2人の問題だし、口を出す事でもないと、2人の電話が終わるのを待っていた。
なんとなく、会話の雲行きが怪しくなり、これは……と思った矢先に電話は終わり。
彼女は、今日はやっぱり帰るね―と言い出した。
「……」
まぁ、それをとめるわけにもいかないので、最寄りまで見送り。
ぼうっとした状態で、なんとかここまで帰ってきたのだ。
這う這うの体というか、ぽかりと穴が開いたような感覚に陥って。
「……」
溜息もつけない。
体を預けるだけで精一杯。
まぁ、あまりに久しぶりすぎて、浮かれすぎていたのだ。
こんなことになるのは分かっていたんじゃないか。そもそも、あの感情はもう奥底にしまっておこうと決めたじゃないか。私では、彼女とずっとは居られないんだ。都合のいい友達の立場でしかいないんだ。
「……」
あぁでも。
昨夜の彼女のあの言葉は嬉しかった。
酔ったせいとは言え。
「……」
ぼうっとした思考のまま、想いかえす。
頬が暑くなるのを感じながら。
無意識に指先が動いていた。
「……」
ぬる―とした感触にはたと意識を取りもどす。
指先を見ると、ほんの少し赤く染まっていた。
あぁ、そうだった。これぐらいならつけたらいいのにと、彼女すすめられた口紅を塗っていたのを思い出した。化粧なんて何年もしてないと言ったら、これぐらいはしないとぉなんて言って。
「……」
今頃彼女はどうしているんだろうか。
彼氏と話をして、よりを戻したりしているんだろうか。
私との今日の思い出も、昨夜の思い出も、昨日の思い出も忘れて。
「……」
「……」
ああ。
疲れた。
もう今日はこのまま寝よう。
何もしたくない。
お題:口紅・突風・坂道