決断
「ケイさん、勇者パーティーに加入し、私たちと一緒に戦ってくれませんか?」
セーラがそう言うと、部屋の空気に緊張が走った。その声色には、先ほどまでの穏やかさはない。
「……」
ケイは決断できなかった。確かに自分には勇者の魂が宿っており、勇者の魔力で戦うことができる。しかし、勇者パーティーに入るということは、世界中の人の命を背負って戦うことである。今まで簡単な魔法さえ使えなかった自分に、そんな大役が務まるのだろうか…ケイには、まだそこまでの覚悟がなかった。
「勇者様が亡くなられて100年…人類は順調に魔族の残党を討伐していました。しかし近年、魔族が急激に勢力を増したのです。強力な個体が数多く出現し、戦士の大半が命を落としました。今の勇者パーティーでは、全員の命を守りきれません…あなたの力が必要なんです」
セーラは真剣な面持ちで言い終わると、一息ついてから再び穏やかな口調に戻り、続けた。
「…もちろん強制はしません。勇者パーティーに入れば、毎日のように魔族と戦うことになります。先ほど飛竜から受けた傷…その何倍もの苦痛が待っているかもしれませんから」
「……」
「まぁ、今日はゆっくり休んでください。初めて戦闘でお疲れでしょう。答えはいつでも良いですから、ゆっくり考えてください」
会話を終え、セーラが部屋を出ると、勇者が話し始めた。
「お前、何を迷ってるんだ」
「だ、だって…僕はついさっきまで初級の魔法すら使えない落ちこぼれだったんですよ?そんな急に…世界を背負うなんて…」
弱腰なケイに勇者は厳しく言った。
「セーラちゃんは『強制はしない』と言ってたが、お前に選択肢はないぞ。魔族どもは本能的に殺戮を好む生物だ。放っておいたら人類は全滅する。生き残るには、戦うしかない。それと…」
「それと?」
「おそらく、魔王は復活している」
「えっ!?」
「お前に宿ったときから、はるか遠くに邪悪な魔力を感じる。急に魔族が勢力を強めたのも、群れないはずの飛竜が巨大な群れを成していたのも、おそらく、強大な存在にまとめ上げられたからだ。つまりだな、魔王…あるいはそれに近い存在がいるってことは…」
「……勇者様の力が必要」
「そうだ」
「……」
ケイは黙り込んでしまった。戦わなければならないことはわかっている。しかし、今まで戦ったこともないのに、この夜の短い間に二度も死の危険に直面したケイの心には、どうしようもない恐怖が纏わりついていた。
翌朝、ケイが目を覚まし、着替えを済ませて居間に向った。そこには、セーラが待っていた。
「おはようございます、ケイさん」
セーラは優しく微笑みかけた。ケイはそんなセーラに向かって一歩踏み出した。
「セーラ様……決めました」
そして、彼女の瞳をまっすぐに見つめ、力強く言った。
「僕は…勇者パーティーに入ります」
「……本当に良いのですか?昨日も言いましたが、魔族との戦いは、すさまじい苦痛かもしれませんよ?」
「それでも…勇者様の力を手に入れてしまった以上、逃げることはできません。逃げたくないんです。もう弱い自分ではいたくないんです」
ケイの言葉を聞き、セーラは優しく微笑んだ。
「あなたの覚悟は伝わりました…では身支度を。これから都へ…我々勇者パーティーの拠点へ向かいます」
「は、はい!」
ケイは会話を聞いていたマリアに事情を説明すると、すぐに身支度を始めた。マリアは初めは困惑していたが、それがケイの望みならばと、笑顔で送り出した。
「マリアさん…行ってきます」
「えぇ、いってらっしゃい」
ケイはマリアに手を振った。そして振り返ることなく、雲一つない晴天の下、都への道を進んだ。
都へ向かう道中、ケイは初めて行く都に、期待と不安が入り混じっていた。
「うっひょ〜!久しぶりの都だぜ!」
勇者はケイとは対照的にはしゃいでいるようだ。
「都に行くのって、そんなに嬉しいんですか?」
「そりゃあなんたって、可愛い女の子が沢山いるからな!」
「でも喋れたことないんですよね?」
「………」
勇者が黙り込んだ所で、セーラがケイに話しかけた。
「ケイさん。都に着いたら、まずは勇者パーティーの加入試験を受けてもらいます」
「え、試験とかあるんですか?」
「ええ。勇者パーティーは私一人ではありませんから…"彼女"を納得させなければなりません」
「それって…」
「はい。『勇者の再来』…ルージュです」
セーラの言葉を聞き、ケイの全身が緊張する。
すると、黙っていた勇者が口を開いた。
「『勇者の再来』だって?そんな奴がいるのか」
「はい…ルージュ様は今世紀最強の戦士と言われています。噂によると、生後3ヶ月で竜を倒したとか…」
「マジか。ちなみに女の子か?」
「会ったことはありませんが…獣人族の少女と聞いたことがあります。これも噂ですけど、かなりの美少女らしいですよ」
「なるほど…強くて可愛い女の子…最高じゃないか!会うのが楽しみだな〜!」
「あはは。よかったですね」
ケイは勇者を軽くあしらった。まだ一日しか経っていないが、ケイは勇者との心の中での会話に慣れてきた。
(それにしても…ルージュ様を納得させるための試験…僕にできるだろうか)
ケイは不安を抱えてながら、都への道を進んで行くのだった。




